発熱
ばっしゃん!と派手な水音が湯けむりの滲む室内に響く。
水音自体は風呂場では別段珍しいものではない。だが。
「十四にもなって風呂で暴れるのはどうかと思うがどうだ?」
「わ、わるいって、ちょっと目測を誤っただけで。」
「目測?」
三郎は天井に空いた穴を見たあと、目の前で服のまま湯船に飛び込んだ竹谷をじっとりと睨む。
「まさかお前まで風呂場で私の顔が覗けると思ったんじゃなかろうな。」
「いやいや違うって!!!」
呆れと軽蔑の混じった声に慌てて首を振った。まさか一年と同じようなことを考えていると思われては堪らない。
必死に首を振る竹谷にぷっと吹き出し、三郎はくすくすと濡れた肩を震わせた。
「わかってるよばぁか。」
ぱしゃん、と音をさせて持ちあげた腕で濡れた髪を掻きあげる。
それとて鬘のはずだが、濡れた手で掻きあげてもそれがずれる様子は無かった。
手から伝った湯がその白く細い首へ流れるのを、なんだか見てはいけないもののように感じ、竹谷は視線を逸らした。
「じ、実習の汚れを落とそうと思ったんだよ。一年に見つかる訳にはいかなかったから…。」
その言葉に眉をひそめ、竹谷の濃い藍色になった制服をざっと見つめる。
そのほとんどは湯に混じり境が分からないが、その襟もとに数滴、赤色が残っていた。
「怪我は?」
「は?」
「怪我は無いんだろうな。」
「あ、ああ。無い。多少擦りむいただけだ。」
ほら、と手のひらを三郎へ差し出す。
木々の移動の際にでもひっかけたのか、濡れて汚れの落ちたそこはただ赤色をじわりと滲ませていた。
竹谷の固い手のひらの感触が、三郎の脳裏に甦る。
ぱしゃ、と軽い水音に竹谷が目を向けたと同時。
ざらりとした感触が手のひらをなぞった。
目の前の茶色い頭が自分の手のひらに落とされているのを見て、反射的に手を引こうとしてもいつの間にか掴んでいた三郎の手がそれを許さない。
「さ、ぶ………。」
驚きと戸惑いと背筋を這うなにかが竹谷の声を上ずらせる。
滲んだ赤い血を、三郎の赤い舌がざらりざらりと掬う。
しかし何度掬っても滲む赤に、不満げにその顔が歪められた。
幼い子供のようなその表情に、どこか安心する自分の内心を知って竹谷は首を振った。
「なにしてんだよ。」
「傷は舐めて治すもんだろ?」
悪びれる様子の無い三郎に、大きくため息を吐く。
実習の疲れも相まって、そのまま湯船に沈んでしまいそうだ。
ぺっとその手を振り払い、また派手に水音を立てて竹谷が湯船から立ち上がった。
「とりあえず制服脱いでくるわ。お前も、長湯できないんだからもう上がれよ。」
「んー。」
生返事に苦笑して、竹谷はひとまず順番が逆になってしまった脱衣所で重くなった制服を脱ぎ捨てた。
またこれを着なければなるまい。憂鬱だがそこは降りる場所の目測を誤った自分を恨むしかないのだ。
ため息と共に風呂に戻れば、三郎は湯船に腰かけぼんやりと視線を宙へ投げていた。
「なんだよ。出ろって言っただろ?」
「んー…。」
上せてしまったのか、赤い顔でまた生返事を返す。
まさか動けないのかと近寄ると、いつも以上にとろりと下げられた目が竹谷を見上げた。
「三郎、大丈夫か?」
「……………。」
心配そうに竹谷が声をかけたとたん、ふらりと三郎の頭が前のめりに倒れる。
反射的にそれを己の体で支え、「おい!?」とその顔を覗きこもうと抱きかかえるとまたざらりと濡れた感触。
己の肩口をなぞる柔らかい感触に、再び竹谷の背筋をぞわりと何かが這った。
「…おまえ、傷ばっかじゃんか。」
まるでしょうがない、とでも言うように、三郎が呟く。
ぺろぺろと、もう塞がった傷跡を三郎の舌がなぞる。
「おい!!」
「んぁ?」
背筋を這う感覚に耐え切れなくなって寄りかかってきた体を引き離す。
急に離された三郎は赤い舌を出したまま首を傾げて竹谷を見上げた。
「お前、上せてるだろう!」
「んや?ちょっとぼんやりするけど…。」
「それを上せてるっていうんだ馬鹿!」
細い三郎の体を軽々と抱えて脱衣所へ下ろすと、三郎の白い肌が赤く染まっているのが分かり竹谷は再びその体から視線を逸らした。
「頭すっきりするまで涼んでろよ。」
そして目の前で閉められる戸を、三郎の目がぼんやりと見つめる。
「あのヘタレ馬鹿。」
ぽつりと小さく呟いた言葉は、戸の向こうには届かない。
「最初っから、すっきりしてるっての。」
赤い顔が治まるわけなんかない。特に、あの馬鹿の前では。
戸の向こうで、三郎に劣らず赤い顔になった竹谷が居るのも知らず、三郎が一人ごちる。
「ばーか。」
はやく、気付け。
あとがき
竹谷!!!このヘタレ!!!!
襲わせようとしましたが竹谷先輩がヘタレなためにエロまで発展しませんでした。
ごめんなさい。