竹谷八左ヱ門の受難


プロローグ


数瞬。それだけあれば、彼は別人になり替わる。
だから、彼を追跡することは至難の業だ。
というわけで竹谷八左ヱ門。
鉢屋三郎の行動を追跡し、把握すること。これが補修の課題じゃ。
刻限は明日の夜明けまで!!しっかりやるんじゃよ!!

どろん

「…無理だ。」
煙幕に包まれ、茫然と俺は呟いた。

@目印を付ける。

「さーぶろー。」
「はち。どした?」
廊下で歩いているところを声をかけ、手に持った「忍たまの友」を見せる。
「わり。課題のとこが分かんなくてさぁ。教えてくんね?」
「自分でやれ。」
素気無く断られた。
「いやいやいやいや待てって!礼はするって!!」
「…試しに聞いてやろう。なんだ?」
「…角の饅頭屋。」
「まだ少ないな。食券1枚。」
「おまっ、それは多すぎだろ!!町のうどん屋!」
「ん。まあいいやそれで手を打とう。ああ。分かってると思うが雷蔵の分もだぞ。」
「ええええええ!!」
「嫌なら…。」
「雷蔵さんの分も払わせていただきます鉢屋様。」
「当然。」
思わぬ出費になったがいたしかたあるまい。
俺と三郎はろ組の教室に行くこととなった。
「…で、ここでこうすれば…。」
「あーなるほど。」
三郎は俺の隣に座っている。正直、かなりおいしい状況なのだが仕方がない。
「あ!」
「あ。」
俺は文机の上の墨を派手に溢した(もちろんわざと)。墨は見事三郎の足の上に落ちる。
(しめた!!)
「あっちゃあ〜。悪い三郎。派手に汚れちまったな。」
心の内を隠して、俺は申し訳無さそうに手ぬぐいで墨をぬぐう。もちろん余計に汚れは広がったが。しかし三郎は別段慌てることもなく、その箇所を見ていた。
「ああ。かまわんさ。これくらいなら。」
「は?」
「予備がある。」
なぜ立花先輩の声なんだ…。
懐に手をやり、ばっと衣が翻ったと思ったらすでに新しい5年の制服へと着替えていた。
顔は雷蔵のままだが、相変わらず早い衣返しだ。
「で?ハチ。もちろん新しい制服代はよこすよな?」
「あ。ええええええ!!」


失敗


A追跡

「くっそー。三郎の奴。俺から全財産を取る気か…?」
ぶつぶつと文句を言いながら、俺は飼育小屋へと向かう。犬を使って追跡させようとしたのだ。
「梅丸。おいで。」
そう声をかけて走り寄ってくるのは、まだあどけない顔をした子犬だ。まだ短い尻尾を思い切り振って喜びを表している。
「よしよし。良い子だなー。」
頭を撫でると気持ちよさそうに目を細める姿に束の間癒された。しかし課題を忘れてはいけない。
「梅丸。今から変な奴のところにいくからな。そいつを追跡するんだ。出来るな?」
ワンッといい返事が返ってきた。
俺は梅丸を抱え、気配を消して5年長屋へ向かう。
そこの井戸に、三郎がいた。
先ほどの、足まで染み込んだ墨を落としていたらしい。下半身を褌のみにして足を洗っている。
………正直、襲いかかりたくてたまらないのですが…。
白い足に、水が流れ、艶やかな色を放っている。
思わず生唾を飲み込む。
いかんいかん。この課題を終わらせるのが先だ。
集まりかけていた熱を大きく息を吸って静め、俺は梅丸を離す。
「いいな。あいつだ。こっそり追跡するんだぞ…。」
ワンッと良い返事の前に、俺は飛び上がり木の上へ移る。案の定、鳴き声に気づいた三郎がこちらに向かって来ていた。
(う、梅丸〜)
俺の心の嘆きが聞こえたのか、梅丸はクゥンと情けない声を出して三郎を見上げている。
「おまえ、どこの犬だ?迷い込んで来ちまったのか?」
クゥンと再び情けない鳴き声。俺はハラハラしながら成り行きを見つめる。
「でもハチは今日は用事があるって言ってたしなぁ。三年は実習中だし。だれか1年の生物委員に渡しにいくか。」
なにぃ!!
三郎が生物委員の1年に渡す。→1年は梅丸のことを知っている。→三郎に忍犬だということがばれる。→追跡に使ったのがばれる!!
一瞬でその図式が頭を巡り、気が付いたときには地上に降りていた。
「う、梅丸こんなところにいたのかぁ!!探したぞぉ。」
「あれ?ハチ、用事があったんじゃないのか?」
「そう!こいつの訓練!!でも途中でどっか行っちまってさぁ。助かったよ三郎。」
「そうか。気をつけろよ。」
「ああ。じゃあな。」
「うん。」
梅丸を受け取り、俺は飼育小屋に戻った。
「あーあ。」

クゥン。
俺のため息に梅丸の鳴き声が被る。


あーあ!


失敗。


B追跡(自分で)

こうなったら自分で追跡するしかない…!…自信は無いが。言っていても始まらん。
ついに俺は決意して食堂へ向かった。この時間なら、いつものメンバーで集まっていることだろう。
「あ。ハチ来た。」
「遅いぞ。」
「A定食取っておいたよ。」
そう笑顔で示す雷蔵に、子犬を相手にしたときのように癒される。
見れば、他の3人の食事は大分減っていた。
「悪い。待たせたみたいだな。」
「別に待ってねぇよ。先に食ってたし。」
そう間髪いれず返す三郎の食事は、まだほとんど進んでいない。兵助と雷蔵の穏やかな目を見ている限り、やはり待っていてくれたらしい。
「ありがとな。」
「べっ別に!てか何言ってんだよ!待ってないって言ってるだろ!!」
赤くなりながら顔をそむける三郎は抱きしめたいほどかわいい。
しかし雷蔵の目の前でそんなことをする度胸は、俺にはない。伸ばしそうになる腕を理性でこらえ、席に座り「いただきます。」と手を合わせた。


食事が終わり、各々の部屋へと帰る。
俺は三郎が部屋に入り、俺もある程度その部屋を離れたあとに気配を消し屋根裏へ飛び上がる。薄暗いそこは5年にもなれば慣れた闇だ。俺は迷わず三郎の部屋の上へと移動した。
屋根の板を少しずらし覗き込み、その光景を見て俺は思わず叫びそうになるのを手で押さえた。
変装道具の手入れをしている三郎の膝に、雷蔵が頭を乗せ本を読んでいる。
う、うらやましい………。
「あれ?三郎。この制服新しいね。最近忍務も無かったはずなのに。どうしたの?」
チェックが早いです雷蔵様。
原因の俺はギクリと体をこわばらせる。
「ああ。勉強教えてたときにハチが墨を零したんだ。…あ、そうだ。その礼と詫びに、うどん奢らせることにしたから。今度行こうな、雷蔵。」
「ふぅん…ハチが。うどんか。いいね。楽しみだな。…三郎、この毛は何?犬の、毛かな?」
目ざといです雷蔵様。
笑顔の三郎にときめいていた俺に、再び奈落へ引きずり込まれる前のような怖気が走った。
「ああ。これもハチのとこの犬が迷子になってたときに付いたんだな。かわいかったぞ。まだ子犬でさ。」
「そうなんだ。今度見せに行かせてもらおうか、三郎。」
「うん。」
雷蔵の周りの温度が冷えているように感じるのは俺だけか…?
「ねぇ三郎?今日は随分とハチと一緒にいたんだね。」
「うん?ああ、言われてみればそうだな。偶然だろ?そもそも同じクラスなんだし。」
「…そうだね。」
雷蔵の手が、三郎の頬を撫でる。その一瞬、雷蔵の視線が俺を貫いた。
「!!」
怖ッ。絶対殺気込めてただろ今!!
三郎には気づかれていないものの、雷蔵の般若のような顔にすごすご屋根裏から退散する。これ以上長居をしたら今度は苦無が飛んで来かねん。


保護者のお怒りにより、失敗。



C堂々と接近

こっそりするから雷蔵に睨まれるんだ!!いっそ堂々とくっついていれば何も言われないだろう!!(お前はそれでも忍者かとは言わない)
課題も別にこっそりやれとは言われなかったしな。そういえば。
と、いうわけで。
「三郎―。風呂行こうぜ。」
「は?どうしたハチ?いきなりだな。」
「そうか?まあたまにはいいじゃねぇか。」
ああ雷蔵の視線が痛い…。しかし三郎の手前何も言わないらしい。
「んー。まぁ、いいけど。雷蔵も行くだろ?」
「僕はもう少しこの本を読んでからにするよ。」
「そうか?じゃあ行くか、ハチ。」
「おう!」


とはいうものの…。
(なんで俺はわざわざ風呂を選んだんだ!!)
内心で絶叫するのには訳がある。
目の前の、少し上気した白い肌。普段は隠れている項。気持ちよさそうに閉じられた目。
(うぐああああ。三郎かわいい三郎かわいい襲いたい…っ。なんだこの拷問!!)
「そういえばハチ。」
「な、なんだ?」
お湯の中で握りこぶしを作り理性を繋ぎ止めようとしている俺に、三郎は無邪気に笑いかける。
「さっき雷蔵とも話してたんだが、今日会った梅丸。訓練は進んだのか。」
「あ、まあおかげさまで。俺の言うことは聞くようになったぞ。」
「そっか。あいつ可愛いよな。今度会いに行ってもいいか?」
「ああ。いつでも来いよ。」
「やった!!」
そう嬉しそうに笑う三郎が、本当に可愛くて、俺は理性が焼き切れる音を聞いた。
「……………三郎。」
「ん?ハチ?なに…へ?」
ぎゅうと三郎を腕の中に抱きしめる。三郎は戸惑っているのか、抵抗は無い。
湯の中に浸かっているというのに、少し低い三郎の体温が心地良い。いや、俺の体温が上がっているのか。
「三郎。」
そして少し体を離し、茫然としている三郎の頬を撫で…

「ハーチ。何してるの?」
ゴッと鈍い音をさせて、俺の頭が傾く。頭とか首とかが痛いが、それよりまず。
「ら、らいぞう…。」
ギギギと軋む音を立てながら背後を振り返れば、そこには真っ黒なオーラと魔王のような笑顔を浮かべた雷蔵が俺の頭を足蹴にして立っている。
「三郎?ああ少しぼんやりしているね。きっとのぼせたんだろう。先に上がっておいで。」
「あ…うん。」
「あ!三郎待っ、」
「ハチはもう少し僕と風呂に入っていようか…?ね?」
「…………はい。」
嫌だなんて言える訳がない。
こんな黒いオーラと魔王笑顔のくせに、やけに顔をキラキラさせながら俺を見降ろす雷蔵がめちゃくちゃ怖い。
「まったく。今日一日三郎をストーカーするなんて、万死に値する行為だよね。そうは思わない?」
「か、課題だったんだよ!!文句はあのじいさんに言ってくれ!!」
「なんでハチの課題を学園長が出すのさ。言い訳も大概にしないと処刑が重くなるよ。」
処刑ってなんですか雷蔵様!!
「それに、風呂で三郎を抱きしめるのも課題だったのかい?」
「そっそれは!!」
「問答無用。」
そして俺の意識はブラックアウトした。


次の日の朝まで目が覚めず。課題失敗。


Dおまけ

脱衣所にて、上せた体を涼ませる。
「まったく。ハチの意気地無し…。」
最初は、木下先生からハチに課題を出すのを頼まれただけ。それを学園長に変装して利用したのは私。
何度も、チャンスを出したのに。
ハチは真剣な顔で、視線で、私を見つめる度嬉しかった。いつも以上に、傍にいてくれるのが嬉しかった。
「ハチのばーか。」
そして最後のあの抱擁に、戸惑ってしまった。
「私の馬鹿…。」
まだ、体の火照りがおさまらない。風呂の中から雷蔵に絞りあげられているハチの絶叫が聞こえる。
この火照りが収まったら、助けに行ってやろう。怒った雷蔵を止められるのは、私だけだから。
まだ、しばらく火照りは治まらないけれど。


あとがき
第一回目のお礼拍手でした。中途半端な話数にも関わらずぽちっと読んでくれて方が結構いらっしゃってうれしかったです。
確か初の竹鉢ssだった気がします。

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