だいすき



じっと、後ろから三郎の視線が注がれている。

いい加減背中がむずがゆいので理由を聞こうと振り向こうとするが、その途端「動くな!!」と鋭い声が飛ぶ。
あわてて元の通りに背を向ければ、また黙って視線が注がれていた。
「なぁ三郎?」
「うるさい。黙ってろ。」
「………。」
いくら何でもこれはひどいんじゃないだろうか?
先ほどまで読んでいた本はもう閉じられて机の上に置かれている。
他の本をとりたくても、三郎は立ち上がることすら許してくれない。
理由を聞こうにもさっきの態度だ。答えてくれる望みは薄い。
俺はそっと、首を回さないように机の下の化粧箱から鏡を取り出して背後を写した。
磨かれた鏡の中には、三郎が寝転がって俺の背中を見つめる姿。
だが鏡越しに目が合うこともなく、三郎の視線は一点に注がれている。
…なんなのだろうか?
だが話しかけることは禁止されていたため、鏡を元に戻し、俺は暇つぶしに今日の授業の復習を頭の中で始めることにした。


そろそろ日も陰ってきただろうという時間、俺はようやく背中から視線が外れていることに気が付いた。
「三郎?」
そっと呼びかけても答えはない。
まさか気配を消して帰ったか?と後ろを振り向くと、今だ寝転がったままの三郎の姿。
うつ伏せになって腕に顔を埋めているその下から、すいよすいよと穏やかな寝息が聞こえた。
「人に動くなとか言っておいて寝るのか…。」
呆れはするが、どうしても口に刻まれるのは笑みで。
俺はようやく体を動かし、寝転がっているその体をじっと見下ろす。
触ることを、許されるのかわからない。
俺の知っている限りでは、眠る三郎を起こさずに触れることのできるのは雷蔵だけだ。
仕方なく俺は押入の中から掛け布団だけを取りだし、三郎の体にかけてやった。
さすがにそれだけでは起きる様子はない。
そのことにそっと胸をなで下ろし、先ほどとりたかった書物をとって机に戻る。
今度は起きてまたしかられないように数冊手にとって。


そしてまた、背中に注がれる視線。
「よう。起きたのか。」
「………。」
返事はない。だが怒られることも無いようなので、俺はそのまましゃべり続けることにした。
「なぁ。今日はなんなのおまえ。さっきから視線が刺さるんだけど。」
「…視線は刺さらないぞ馬鹿兵助。」
「そうじゃなく。」
三郎の口の悪いのなんてのは今更気にしない。
振り向いてもまた怒られなかった。再び自分の目で見た三郎は、なぜか俺の布団にくるまれて睨みつけるように俺を見上げていた。
「…………なに?」
「いや俺の台詞だけど。なんで俺睨まれてんの?」
「兵助が生意気だからだ。」
「はいはい。それで?」
適当にあしらう俺にますます唇を尖らせて三郎が俺を睨む。
…かわいいなこの顔。
そんな邪な思いは顔に出さず「三郎?」と問いかける。
「…後ろ。」
「ん?」
「後ろ向けよ。」
「?ああ。」
首を傾げながらまた三郎に背を向ける。
また痛いような視線が刺さるのかと思ったが、ふと頭に違和感を感じる。
三郎が、髪を持ち上げているらしい。
納得した。
「……三郎、俺の髪好き?」
「うん。」
素直に即答する声。
思わず吹き出して肩が震えるのを、三郎はめざとく見つけて結われた髪を引っ張ってくる。
「笑うな!」
「いやいや。素直で大変よろしいですよ?」
「うるさい馬鹿兵助!!」
「はいはい。」
それでも髪を離そうとしない三郎に笑みがこぼれる。

「かわいいねぇおまえ。俺の髪でいいなら好きにしろよ。」
「三つ編みにしてやる。」
「…………あとでちゃんと戻せよ?」
「さぁてね。」
一転して弾んだ声を出す三郎に内心冷や汗を出すが、好きにしていいと言ってしまった手前それは守らねば。
…できれば複雑な編み方されませんように。
あの派手な後輩のところまで恥ずかしい頭で行くのはできれば勘弁したい事態だ。
だが。
俺の心配をよそに三郎は俺の髪紐をほどき、ばさりと落としたまま手を動かす気配がない。
「三郎?」
「…………。」
答えがない。
なるべく頭を動かさないように背後に目をやると、三郎が俺の髪を持ったままじっと動かず見つめていた。
はっきり言って自分の髪にそこまで愛着をもっていない俺は三郎がなぜ俺の髪に執着しているのかわからない。
だから、そこまで見つめるのならと軽く「やろうか?」と口にした。
「え!?」
「いや。だから、そんなに見るんならやろうか?さすがに女装するのに必要な長さはほしいがそこまででなければ…。」
「ば、馬鹿!!なに言ってるんだ!!そんなもんいらん!!」
「そんなもんって…。三郎さっきから俺の髪に夢中のくせに。」
「うるさい!!駄目だ!」
あれだけ熱心に見ていたくせに、やると言えばいらないという。
「なんで?」
「切ったらただの髪だろうが!!」
切らなくてもそうだと思うが…。
怒っているのか三郎の顔が赤い。
「この髪が好きなんだろう?」
「好きだけど!あ!」
しまった、という顔で三郎が俺を見る。
だんだん顔が赤くなるのをおもしろくて眺めてたら、殴られた。しかもぐーで。
「なんだよ。」
「うるさい!!兵助のあほ!!もういい帰る!!」
ごろごろと俺の部屋に入り浸り続けた三郎はさっきとは違う俊敏な動きで部屋を飛び出していった。
「…なんなんだ?」
いつもにも増して、三郎の行動が不可解だ。
まぁ大変可愛らしくはあるんだが。
俺は解かれた自分の髪を見下ろし、先ほどの三郎の様子を思い出す。
『切ったらただの髪だろうが!!』
「あ……………。」
真っ赤な三郎と、その言葉は、今更ながら俺に真実を教えてくれたようだ。
俺は髪も結わないまま開けられたままの戸から飛び出す。
三郎は部屋を出てすぐに失速したのか、すぐに見つかった。
「三郎!」
「兵助…?」
俺の追いかけてきた理由が分からないらしい。
きょとん、と三郎が俺を見詰めている。
先に、逃げないようにその手を捕まえて、俺は話を切り出した。
「三郎、俺と、俺の髪、どっちが好き?」
「へっ!?」
とっさに逃げようと体を退けるのを、俺の握った手が阻む。
それを悔しそうに見下ろしながら、三郎は顔を赤くして首を振った。
「ばっ、な、なに言って!!」
「それとも。」
「あ!!」
その手をグイ、と引っ張れば軽い体はすぐに俺の体に治まる。
そして、直ぐ目の前に来た三郎の耳元に、口を寄せて囁いた。
「好きなのは、その両方?」
「〜〜〜〜〜お前!!」
「はは、図星?」
三郎は力いっぱい俺の胸を押して体を退けようとするが、そんなの許すはずがない。
「ねぇ三郎。そしたらさ。やっぱりやるよ。」
「!!だからいらないって、」
「うんだから、俺ごとやる。それならいいだろ?」
「…………は?」
抵抗がぴたりと止まる。
三郎は俺の腕の中で呆然と見上げてきた。
「俺をお前にやるよ。好きにしろ。」
「い、いらな…っ」
「ほんとに?」
「う…………。」
顔を背けても無駄だよ。
今日、お前はあんなに俺のこと大好きって言ったんだから。
「覚悟しろよ。」
お前がもういやだって言っても、もう離れるつもりはないからな。


あとがき
誰得何得私得^^
兵助の外見って何度も言う通りほんっとーに大好きなんですけど!!!
その中でのTOPが髪。次点目。手も捨てがたい。
予/算会/議の段とかほんとに「久々知先輩の御髪がなびいた!!!綺麗綺麗!!!」って叫んでましたから。
私も久々知先輩の髪はずっと動いてるのを眺めていたいです(ハァハァ

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