代用不可!





朝から三郎は機嫌が悪かった。
決して朝食の時間に勘右衛門がいなかったせいではない。朝ごはんに嫌いな食べ物が出てきたから。
しかも朝食に冷ややっこなどが出てきたせいで朝から兵助との攻防に疲れてしまった。
適当に授業もこなして、今日は庄左ヱ門と彦四朗を招集して委員会で癒されようとただ黙々と一日の授業を進めていた。
「あ。」
「ん?」
「勘ちゃんだ。」
雷蔵が廊下の窓の外を覗いてそんなことを呟く。
知らずにピクリと肩を震わせた三郎に気づかず、雷蔵の視線は勘右衛門へと向けられていた。
「ああい組の授業か。学級委員長は事前準備とかあるものね。」
勘右衛門はまだ始めたばかりだから。
そう笑う雷蔵に、三郎は辛うじて笑い返して「ご飯、間に合わなくなるぞ。」と促した。
雷蔵がそれに頷き歩きだすのを見て、三郎はそっと窓の外を覗いた。
授業で使う道具の準備や点検。いつも自分がしていることだ。
まだたどたどしい勘右衛門の動きを、三郎は上から見つめ、そしてそっと去っていった。


「三郎機嫌悪いな。どした?」
能天気な声に思わず箸を折りそうになるのをかろうじて堪える。
「朝からだよね?どうしたの?大丈夫?」
心配そうな雷蔵に大丈夫だよ。と微笑み返そうとした拍子に、「生理なんじゃないのか。」と豆腐馬鹿が喧嘩を売ってきたので、その大切に取ってある豆腐に箸を突き立て思いきり掻き混ぜて溜飲を下げた。
兵助が「お前なんてことを!!!!」なんて叫んでいるが知ったことじゃない。
「別に。なんでもないよ。」
「その割にはピリピリしてんじゃねーか。」
「そんなことない。」
ぶっきらぼうに応える三郎に、三人は互いに目配せをして頷き合う。
三郎が本当に不機嫌ならば、誰かを近寄らせることはない。
こうして自分たちと食事をする以上、最悪な程に機嫌を損ねている訳ではないらしい。
だが、こうして不機嫌なのは。
「三郎。今日授業が終わったら久しぶりに町に出ようか。」
「おお、いいなそれ!そう言えば美味い饅頭屋が出来たって一年から聞いたぞ。」
「ハチのとこの一年情報ならきっと大本はしんべヱだな。」
「それは期待できそうだね。」
「すまないが。」
盛りあがっていた三人はきょとんと申し訳無さそうに切りだした三郎を見やる。
「今日は委員会があるんだ。町に行くのはまた次の機会でいいか?」
「そりゃ、構わないよ。」
「ありがとう。」
そして微笑み、食事を再開した三郎を見てまた三人が目配せする。
どうやら不機嫌なのは構って欲しいからだと思ったのだがそうではないらしい。
ではどうしたのか?
三人が首を傾げている間に三郎は食事を終えて綺麗に食器を片づけている。
三人は慌てて残りの食事をかきこんで三郎の後を追った。


ようやく放課後になり、授業が終わると同時に三郎は「雷蔵。それじゃあまた後で。」と席を立った。
すぐに去るその背中に「あ、うんまた…。」と返して、雷蔵は首を傾げる。
機嫌が悪いのは確かだが。誰かに当たる様子もない。
いつもなら、それが甘えのサインなのに。
「………ちぇ。」
何となく眉を下げながら雷蔵は小さく口を尖らせた。


そして三郎は朝考えた通り一年生と勘右衛門を招集し委員会活動を行うことにした。
「よーしそろったな。」
「今日は何をするんですか鉢屋先輩。」
「いつも通りさ。お掃除だよ。」
はい。と優しく笑って三郎が彦四朗に道具場所の鍵を渡す。
「彦四朗と勘右衛門。私と庄左ヱ門で回ろう。彦。勘右衛門に色々教えてやってくれ。」
「はい!!」
誰かに仕事を教えるという責任感のある仕事に、彦四朗が目を輝かせて元気よく返事をする。
三郎はそれに目を細めて、「じゃあ庄左ヱ門。行こうか。」とその小さな手をとった。
何か言いたそうにしながらも大人しく手を引かれる庄左ヱ門ににっこりとほほ笑んで三郎は自分たちの担当区域に向かう。
二人を見つめながら、彦四朗はこっそりと勘右衛門を見上げ小さく囁いた。
「………鉢屋先輩、どうしたんですか?」
「うーん…。どうしたんだろうねぇ?」
勘右衛門も今日はたった今顔を合わせたばかりの三郎の機嫌が悪いのはすぐに分かった。
だが兵助から聞いた通り、最悪な程に悪い訳ではないので逆に突っ込みづらいのである。
ただ苦笑して首を傾げる勘右衛門に、彦四朗も一緒に首を傾げる。
「まぁ。ああいうときは放っておいたら機嫌が直ってることもあるから。今日は早くお仕事しよう?教えてくれるんでしょう?」
「はい!」
こっちです!!
三郎とは逆に彦四朗の小さな手に引かれながら勘右衛門は微笑む。
三郎が一年生たちを可愛がる心理が、ちょっと理解できた気がした。


そして箒の収納場所やゴミ捨て場などを懸命に説明してくれる彦四朗に頷きながら活動をしている勘右衛門に、小さな足音が響いてきた。
この忍術学園ではそんなもの珍しくもないが、酷く慌てたその様子にゴミを集めていた顔を上げる。
校舎の影から飛び出して来た影は、二人を見ると安堵したように顔を綻ばせた。
「庄左衛門。どうしたの?」
「お、はませんぱっ…、」
荒く息をする庄左ヱ門に勘右衛門がそっと背を撫でる。
「ゆっくり、息を吸って。大丈夫。どうした?」
見れば、庄左ヱ門の水色の装束は所々泥がついて汚れていた。
その状態から何となく予想はつきながらも勘右衛門は庄左ヱ門の言葉を待った。
「はちや、せんぱいが…っ」


「あらら。」
「なんだよ。」
「珍しいじゃない怪我なんて。」
三郎は掃除の担当区域であるのだろう場所に、足を伸ばして座っている。
忍足袋の脱がれた白い足は、今は赤く腫れあがっていた。
「僕が…落とし穴に落ちそうになって……鉢屋先輩が助けてくれて…………。」
「んん?鉢屋が?」
「後ろ向いてたし咄嗟だったんだ。」
「ああなるほど。」
つまり、三郎は庄左ヱ門から目を離し背中を向けて掃除をしていたが、落とし穴に落ちそうになる庄左ヱ門の悲鳴に咄嗟に振り返りそれを助けたのだろう。
だが、振り向きざまに変な方へ足を捻ってしまったらしい。
「歩くの辛そうだね。どうする?」
「保健委員を待つさ。悪いが庄、」
「いや。」

庄左ヱ門に保健委員を呼んできて貰おうとする声を遮って、勘右衛門が首を振った。
「俺が運んだ方が早そうだ。」
「なんで。」
「他に穴が無いとも限らないだろう?この一帯。」
「…………………。」
たしかにその通りだ。
こんな危険地帯に保健委員を呼ぶのは殺人行為に等しい。
だが。
「やだ。」
「先輩!」
「勘右衛門の腕、ごつごつして痛いからやだ。」
その子供のような言い分に、一年生すら目を見開いている。
勘右衛門も、呆れたように三郎を見下ろしていた。
「…あれのこと?」
「他に何がある?」
庄左ヱ門と彦四朗は突然分からなくなった会話に首を傾げた。
しかし本人たちには通じ合っているようで。
「だからやだ。」
と顔を背ける三郎に勘右衛門が困ったように眉を下げている。
「我慢しない?」
「やだ。」
機嫌が悪いと思っていたが、まさかこんなことになるとは、と一年生が顔を見合わせている間に、勘右衛門は多少躊躇ったものの、諦めたようなため息を吐いてその右腕を勢いよく振った。
途端、ジャラッと音をさせて飛び出た分銅付きの鎖を握り締め、手品のようにずるずると袖から鎖を引っ張り出していった。
最後に右腕の二の腕辺りを制服の上から左手で触っていたと思うと、ガチンっと鋭い金属音と共に何かが勘右衛門の袖から抜け落ちる。
庄左ヱ門と彦四朗がマジマジと見たそれは、勘右衛門が得意とする武器である万力鎖と、それを収納するための固定具のようであった。
普段は二の腕に付けているらしく、左腕も同様に動かし暗器を外してしまう。
そしてようやく、勘右衛門は驚き固まっている三郎の体の下に腕を差し込み持ち上げてしまった。
それからようやく我に返った三郎が真っ赤になって「こらこの馬鹿!!!」と怒鳴る。
「自分の武器手放す馬鹿が何処にいる!!!」
「しょうがないよ。三郎が嫌がるんだもの。」
「なっばっ、」
「乗り心地はいかがですか?」
にっこりと笑う勘右衛門の腕には、もう鎖の感触がない。
「…悪くない、けど。」
「そりゃよかった。ああ庄左ヱ門、彦四朗。悪いんだけどそれ一緒に持ってきてくれる?重いから一人一個ずつな。」
「はっはい!!」
「わかりました!!」
「お前ほんっと馬鹿じゃないの!!両腕塞がってるんだぞ!!しかも得意武器も無いんだぞ!!襲われたらどうするんだ!」
「ん?三郎抱えて戦う。」
「ばっ!!馬鹿!!馬鹿ヱ門!!!!!」
「はいはい行くよー。」
怒鳴られながらも勘右衛門はニコニコと嬉しそうに三郎を運び。
一年生たちはあんなに大声を出す先輩初めて見た。と思いながら、それでもさっきよりは機嫌が良くなっている様子に首を傾げていた。


あとがき
勘ちゃんの公式の武器について本気出して考えてたらツンデレ三郎がついてきた。
こう、勘ちゃんの両腕には鎖がぐるぐる巻きにされてるんだけど、姫抱っこするときはそれが痛いから。
三郎は他の誰でも無く勘ちゃんに構って欲しかっただけ。
うっかり自分の優先順位を確認しておおいに恥ずかしくなりましたが。

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