馬鹿ップルの被害者
痴話喧嘩に巻き込まれるなんて日常茶飯事
「ハチ!ちょっとハチ!」
きた。
こいつらにかかわると碌な目に合わない。それでも、無視などすれば後でもっとひどい目に会うと知っているから嫌々ながらに振り向いた。
「…なんだ?どうした雷蔵。」
「聞いてよ!三郎ってばあれだけ言ったのにまた僕の顔使って悪戯したんだよ!!もう、今度という今度は許さないんだから!!」
またか。
「飽きないなぁ…お前ら。」
「飽きないのは三郎の方だよ!!」
息巻く雷蔵の背後には、じっと俺を睨む三郎の顔。
「三郎。俺を睨むな。」
「睨んでない。」
「ハチ!聞いてる!?」
「はいはい。」
そう返事をしながら、聞いてなんている訳がない。
「もう!しばらく口効いてやらないんだ!!」
「あー。そうか。そうだなー。」
「ハチ!適当な返事するんじゃない!!」
「三郎は口出さないでよ!!!」
ぎゃいぎゃい俺の両脇で喚いているこいつらが、次の日には元通りになっているのは毎度のことだからな!
すいません、俺もいるんですが
「はい。出来たよ雷蔵。」
「ありがとう三郎。」
完璧に綺麗に剥かれた蜜柑を、三郎がひと房雷蔵に差し出す。
雷蔵は当然のようにそれに顔を近づけ三郎の手ずからそれを口に入れた。
「ん…甘いよ。」
「そうか。もっと食べる?」
「うん。」
はにかみながら頷く雷蔵に、三郎はひどく幸せそうな顔をして手の中からもうひと房差し出した。
雷蔵が再びそれに顔を近づける。
ぱくり、と咥えたその拍子、三郎の顔が真っ赤に染まった。
「ら、雷蔵!!」
「ふふ…。」
ぺろり、と雷蔵が悪戯っぽく唇を舌で舐めた。どうやら、三郎の指まで一緒に咥えたらしい。
「蜜柑も三郎もおいしいね。」
「……もう!あとは自分で食べろよな!」
「えー。三郎食べさせてくれないの?」
「しない!」
「…じゃあ、僕が食べさせてあげる。」
「え?」
「はい。あーん。」
「………あーん。」
「ね。甘いだろ?」
「…うん。」
さっきよりずっと二人の距離が近くなっている。
「お前らいい加減にしろよ。」
俺もここに居るんだって!!!
俺じゃなくて相手に言えよ
「なぁ、ハチ…。」
「なんだ三郎。どうした?」
なんだか憂鬱そうな、そんな暗い表情で三郎が俺の部屋を訪ねた。
ふらり、とそのまま倒れてしまいそうな足取りはいつもの三郎らしくないものだ。
「なんかあったのか?大丈夫か?」
「…大丈夫じゃない。」
その言葉にますます目を見開く。
三郎がまさかこんな弱音を吐くなんて。
「三郎?何があった?」
「………ハチ。」
三郎は俺の横の壁に寄りかかるように座り、はぁ、とため息を吐いた。
「……雷蔵が。」
「雷蔵?」
また悪戯でもして「三郎なんか知らない!」とでも言われたのだろうか?
こと雷蔵のことに関しては、どんなに些細なことでも心を揺らがす三郎のことだ。
俺は早々に嫌な予感がしてきた。
しかし、仮にも親友のこの様子を放っておけるほど非人情もない。
「…雷蔵がどうした?」
「………かっこいい。」
「…………………ああ?」
思い切り不機嫌な声に眉間に皺まで寄せて、俺は思い切り不愉快を顔に出して三郎を見た。
だが三郎はそんな俺に構うことなく、ほぅ、とまたため息を吐いて、空を見上げる。
「雷蔵…なんであんなに素敵なんだ……。」
「……………………。」
「いつもいつも優しくて素敵だけど、今日はなんだかいつもよりかっこよかったんだ。」
「……………………。」
「どうして雷蔵はあんなにかっこいいんだろうな…。私が懸命に彼の真似をしようとしても、まったく足元にも及ばないといつも考えさせられるよ。」
「……………………。」
「私が立ちあがる時に手を貸したり、さりげなく戸を開けてくれたり…。今日なんて馬術の訓練があっただろ?そのとき雷蔵が手綱を取っていたんだ。…かっこよかった………。異国の物語の王子様とはあんな感じなんだろうな……。」
「……………………。」
「しかもな、ああ見えて雷蔵は力持ちだろう?私の腕を取って軽々と馬上へ上げてしまって、しっかり私を抱えたまま馬術をこなしてしまったんだ。」
「……………………。」
「さっきから胸がドキドキして止まらない…。雷蔵が委員会に行くというから、私の心臓が破ける前に避難して来たんだ……。」
「……………………。」
砂を吐きそうだ。
「………三郎よ。」
「うん?」
「………それは直接雷蔵に言えよ。俺じゃなく。」
「だ……って。そんなこと………恥ずかしくて言えない。」
顔を赤くして俯く乙女のような三郎を、俺はギリギリの精神で持って追い出すことはしなかった。
しなかったが、三郎曰くのオウジサマが迎えに来たのはそのすぐあとだ。
ラブラブ光線過ぎて歯が浮きそう
頭がチクチクする。
べつに俺の髪がぼさぼさだからとかそういう訳ではなく。
俺の頭越しに刺さる視線のせいである。
「……………………。」
「……………………。」
今は授業中、全員静かに先生の言葉に耳を傾けている。
だが。だがしかしだ!
(なんでお前ら俺を挟んで座る!!)
いつもは隣同士に座るくせに!!俺なんかお構いなしにラブラブしてるくせに!!
仲違いをしている訳ではない。
だから、今俺の頭がチクチクしているのだ。
二人の視線が両側から頭に刺さってるんだからな!!
(お前らほんといい加減にしろよ!!)
「ハチ。邪魔。」
「なんでお前真ん中に座るんだよ。」
「…なんで俺はお前らの友達なんだろうな。」
恋のキューピッド? 違う、俺はただの被害者だ!
「ハチーーー!!」
「あ?」
振り向いた途端、ドカッと音をさせて三郎が俺に飛び込んでくる。
多少よろけた程度でかろうじてそれを受け止めると、三郎は怯えた猫のようにしっかりと俺にしがみついてきた。
「今度はなんだ?どうした?」
三郎は俺にしがみついたままふるふると首を横に振るばかりで答えない。
「ハチ……………。」
ビクッ。
低い、地獄の底からのような声に俺と三郎の体が震える。
三郎とて恐ろしいだろうが、それより恐ろしいのは俺の方だ。
「ら、らいぞう…。」
「ハチ…。何してるの?三郎に何するつもり?」
「いやいやいや!くっついてきたの三郎だから!!俺は別に何もする予定無いから!!」
「…………………三郎?」
雷蔵は幾分か口調を和らげて三郎の顔を覗きこもうとするが、三郎は俺の胸に顔を押し付けたまま上げようとしない。
ひやり、と殺気が俺の背筋に走った。
「ら、らいぞう…。だから俺は別になにも…。」
「黙れ。」
「いやあの」
「三郎?僕に顔を見せて?じゃないと……。」
ここで、お仕置きしちゃうよ?
いくら声をひそめて三郎の耳元で囁いたって、俺の耳が良いの知ってるだろうが雷蔵!!
だが三郎には効果はあったようで(無かったら困る。本当に困る!!)、ばっと顔を上げた顔は真っ赤に染まっていた。
それに、雷蔵が心底愛おしそうに微笑む。
「…おいで?」
その声に操られるように、俺にしがみついていた腕が解かれた。
そこでようやく殺気から解放され、息をついた処を「ハチ」と冷や汗の張本人から声をかけられる。
「ハチが此処にいてくれてよかったよ。三郎はすぐにハチの処に行こうとするから。」
見つけやすくていいけど。
と笑う顔はいつもと同じ、なはずだ。
だがその後ろに黒いオーラが見えるのは俺だけなのだろうか?
「まるで僕らを結ぶキューピットのようだね。」
いいえ。生贄の羊のようです。
とは心の中だけで呟いておいた。
あとがき
楽しかった…!いつでも竹谷を可哀想な目に合わせると楽しくてしょうがない^p^←そこか
雷蔵をかっこいいかっこいい言ってる三郎も可愛いと思います。っていうか雷蔵はかっこいいと信じてる。
お題はこちらからお借りしました。