あわあわあわわ
「かーん!!!」
「鉢屋?」
大学の正門前で、俺は背後から大声で呼び止められた。講義の終わったばかりの時間で人が多いというのに。周囲の視線が痛い。
それでも手を振って駆け寄る姿が可愛くて、つい何も言わず笑顔になってしまう。
「なに?どうしたの?」
「なぁ勘!!お前って確か実家暮らしだよな!!」
「え。うん。そうだけど?」
「風呂貸して!!」
「……………は?」
鉢屋の言うことには、だ。
新しく出た入浴剤を試してみたいものの、寮暮らしである三郎たちの風呂ではそれは許されず。だからと言って竹谷や兵助の部屋はユニットバスのためそれは試せないらしい。
「ユニットバスじゃだめって、どんな入浴剤買ったんだよ。」
「これ!」
満面の笑みと共に出された小さな箱。見れば、可愛いイラストの女の人が泡いっぱいの風呂に入っている。
「………泡風呂?」
「そう!!」
頷く三郎の目がきらきらしてる。
(あー…。なんか今雷蔵の気持ちがすごいわかった…。)
断られることなど微塵も考えていない、子供のように純粋で狡猾な目。これには逆らえまい。
「いいよ。」
「やったぁ!!!勘大好き!!」
人目も気にせず三郎が抱きつくのを離すべきか抱き返すべきかで彷徨う手は、あっさりと離れた体の前に空しく下ろされた。
「いつ行っていい!?」
「あー…。あ。今日はたしかみんないないな。」
たしか隣の県のあたりに一泊旅行に行くとか言っていた。
伝えると三郎の目がますます輝く。
あ。やばい。すごいかわいい。
「じゃあ今日!行くから!!」
「うん。」
きらきら輝く笑顔の三郎を見ていて、なんだか自分が狡猾な狐の気持ちになってくる。
「おいで。」
…なんて言ったのはいいけど。
「大丈夫か俺…。」
一人ポツンと、居間のソファに座って一人ごちる。
誰もいない家。三郎の目的は風呂。三郎は、俺が淡い恋心を抱いている相手で。
「…大丈夫か、俺………?」
今更ながらに、なんだかとんでもない事を了承してしまった気がする。
雷蔵にばれたら、あとで酷い目にあわされるんだろうな…。
ハチと兵助にも、一発ぐらいは殴られるのを覚悟しなきゃいけないかもしれない。
だからと言って
「…止めるつもりは全然ないけど。」
笑みと共に覚悟を決めた途端、軽いチャイム音が家に響いた。
「いらっしゃい。」
「おじゃましまっす。」
外は寒かったのだろう。三郎の鼻が赤い。でもいつもは寒さで不機嫌な顔も今日はご機嫌だ。
体をどかして中に入るよう促すと、なにやらガサガサ音をさせながら三郎が中に入る。音の発生源を見ると三郎の手に近くのスーパーのビニール袋が握られていた。
「何?」
「ん?ああ。風呂借りる礼!家の人いないんだろ?飯、作ってやるよ。」
「え。まじで。」
やった。今日はほんとに俺のラッキーデイに違いない。
ほんとに、後が怖いくらいに。
その後三郎は雷蔵が買ってくれたという可愛いエプロンを付けて、それは美味な旗付きオムライスを作ってくれたのだけれど、それは今回は割愛させていただこう。
満腹になり、俺は三郎から入浴剤を預かりその準備をしに風呂場で湯を沸かしていた。ジェル状の薬剤をシャワーで溶かせばいいらしい。簡単だ。
説明書の通り桶でジェルをシャワーで溶かすとあっという間に見慣れた浴槽が泡だらけになった。
(これは…ちょっと、楽しいかも知れない。)
初めてということで楽しみを減らさないように俺が準備したのだが、まだジェルはあるから次は三郎にやらせてやろう。きっと喜ぶ。
「さーぶろー。準備できたよ。」
「ほんとか!?」
「うん。入って来いよ。結構、面白いことになってるぞ。」
「行く!!」
「タオルは好きに使っていいから。」
「ありがと!!」
うきうきと風呂場に向かった先から、「うわああああ!」と喜びの叫びが聞こえた。
その声にぷっと笑いを零す。想像通りの反応だ。
「勘!かーん!!」
どたどたと足音を響かせて三郎が駆けもどって来た。頬を赤く染めて嬉しそうに笑っている姿は本当に可愛くて、こっちまで幸せな気持ちになる。
「どうしたの?」
「勘!一緒に入ろう!」
「え。」
「あの泡、私が入っている間に消えてしまいそうなんだ!!それじゃあ勘はつまらないだろ?」
せっかく風呂まで貸してくれたのに。と三郎の眉が下がる。
いやお誘いは嬉しいけど!俺の理性とかがね!!
「いや、俺は……。」
「…………私と入るのは、嫌か?」
…卑怯だ。これに逆らうのは無理。
「…わかった。いいよ。」
ぱっとまた三郎の表情が明るくなる。ほんとに、可愛い奴だよ!!
「でも、あの洗い場に二人は入れないから先に入っててくれるか?俺も後から行くから。」
「うん!」
ぱたぱたと先程よりは軽い足取りで風呂場に向かう三郎をじっと見送り、その背中が視界から消えたところで盛大なため息が出た。
非常に複雑な心境だ。
三郎と風呂に入れるのは素直に嬉しい。
こっちの気も知らずにと少し苛立たしい。
何とも思われていないんだろうなと思うと切ない。
しかしやっぱり役得なこの状況は喜ばしいことこの上ない。
喜怒哀楽がいっぺんに俺を襲う。なんとも複雑な心境だ。
まぁでも好きな奴と風呂に入れるというイベントは喜ばしいことだろう。
俺はそう開き直ることとして、軽い足取り自分の部屋に準備をしに行った。
着替えなどの準備を終え脱衣所に行くと、もう風呂場からシャワーの音は消えていた。きっと三郎は今あの泡だらけの浴槽に入っているのだろう。
手早く服を脱いで俺も湯気の煙る浴室へ入った。
「遅いぞ勘。」
「ごめんごめん。」
三郎はすでに湯につかっていた。泡だらけの浴槽は三郎の肢体をすっかり隠してしまっていて、俺としては残念なような嬉しいような。
でも三郎が上せて先に出たりしないか期待してゆっくり体を洗っていたが、それは甘い考えだったらしい。
三郎は真っ白な泡に手を遊ばせて飽きる様子がない。
キュ、と音をさせてシャワーを止めると三郎が嬉しそうに俺を見上げてきた。
無邪気なその顔に苦笑して三郎と対面するように浴槽に入る。が、しかし泡だらけの手が俺の腕を掴んだ。
「三郎?」
「そっちじゃ狭いだろ。」
そして引かれるままに俺の体は三郎の腕の中へと抱きこまれた。
「え!?」
「あ。勘思ったより重いな。」
「そりゃ鍛えてるから…って三郎どこさわってんの!?」
「わー。腹割れてる。すげぇ。」
「ちょっと!!くすぐったいから!!やめてー!!」
バシャバシャ飛沫を上げながら暴れる俺を三郎が背後で笑う。
「遅れて来た罰だ。」
「まったく…。」
そして再び離れようと体を浮かせるのを、ぐっと腕を掴まれて止められる。
「だから、そっち行ったら狭いだろ。このままでいいよ。」
いや俺が厳しいんですが。
とも言えず、俺は反論する言葉も見つからないまま再び三郎に背を預ける形に戻った。
「…出来れば逆がよかったなー。」
「ん?なんか言ったか?」
「うんや。」
俺の呟きを拾う三郎に空とぼけて、俺は必死に意識を背中から離していた。カラカラと音のする換気扇を見上げたり、泡がぷちぷちと弾けて消えるのをぼんやりと見つめる。
背中に感じる華奢な体とか。俺を挟むようにして伸ばされている綺麗な足とか。目の前でひらひら遊んでいる白い手だとか。
見ない。見ないぞ俺は。見たら理性が消える。頑張れ勘右衛門。
「なーなー。勘。」
「んー?」
三郎に欲情する一歩手前の意識など欠片も見せずに返事をしてみせる。
「勘の髪ってすっごい綺麗だな。」
「そう?言われたことないけどなぁ。」
「綺麗だよ。濡れてきらきらしてる。つやっつやだな。」
「そうかなぁ?」
「私や雷蔵は癖っ毛だし。兵助は猫っ毛だし。ハチはあの通りボサボサだろ?私の知るところじゃ私たちの中では勘の髪が一番綺麗だ。」
ちゃぷ、と音がして濡れた手が俺の項に触れる。
(う、わ…。)
ヒクリと動く体を押さえつけて、俺はギュッと目を閉じた。三郎の指が、俺の髪をいじる度背筋がぞわぞわする。
「さ、三郎!!」
「ん?何?」
「あー…えーっと。手!大分熱いけど、上せてるんじゃない!?」
「え。そうか?」
「もうずっと入ってるだろ?風呂ならまた貸してやるから、今日はもう出た方がいいよ。」
「うーん……。」
三郎は名残惜しそうにちゃぷちゃぷと湯をかき混ぜると、「…じゃあ、もう出るわ。」と俺の背を押した。
押されるままに俺は体をどかし、背後で三郎が浴槽から上がるのを見て。
それが、いけなかった。
「!!!」
「あ。やっぱちょっと上せてたかも……。」
そう呟く三郎の顔は赤く上気して、泡が、三郎の体に絡みついて。
俺はそれから目が離せなかった。
胸の飾りに、腕に、太もも、際どいところも、とろりと流れる白い泡が。
(やっば…っ!!!)
とっさに前かがみになりそうな体を抑える。
変化した俺自身は、三郎からは泡が邪魔で見えないはず!!
「?勘は出ないのか?」
今それを聞きますか三郎さん!!
「お、俺はいいよ!!もう少し浸かってるから!!」
「…そう?」
「そう!!」
やばい三郎色っぽいかわいい綺麗押し倒したい!!
俺は一刻も早く三郎が出てくれるのを願いながら必死に理性を繋ぎ止める。
(頼むから!!)
俺の祈りが通じたのか、三郎はシャワーで泡を流すとすぐに風呂場を出て行った。
とたん、精神と体に酷い疲労感を感じ、俺は思い切り浴槽に体を沈ませることで熱を逃がした。
よく頑張った俺。偉いぞ俺。
でも目下のところ、この熱が冷める前に上せてしまいそうだ。
そんな次の日学校に行くと雷蔵たちに自慢しまくってた三郎がいて。
話を聞いて察したハチと兵助に同情と尊敬の目で見られ、雷蔵には軽やかに笑われたのだった。
抜け駆けして悪かったよ!!だからほっとけ!!
あとがき
だれか本当に泡に塗れるエロい三郎描いてくれませんか…!?見たいよー。かわいいと思うんだー。
そして勘ちゃんのイメージがまだつかみ切れて無い気がする…。
とりあえず。三郎は勘ちゃんも大好きで信頼しきってるとかわいいと思うよ。