温かな鎖
「さーぶろ。こっちおいで。」
いつもより、優しいその声に逆らえる三郎ではなく。
笑顔で手招きされるがままにのそのそと四つん這いで雷蔵へと近づいた。
胡坐を掻いた彼はその三郎の脇に手を差し込むと、軽々と膝の上に乗せてしまう。
まるで幼い子を抱えるように抱きしめる腕は温かで、三郎はその感触にうっとりと体を任せた。
「三郎。」
砂糖を煮詰めて溶かしたような甘い声。
自分の顔が赤くなるのを自覚しながらも、三郎は顔を上げる。
そうすれば、やはりうっとりと優しく細められた雷蔵の視線と目が合った。
「僕のかわいい三郎。」
そして、額に小さく口づけが落とされる。
とくん、とくん、と雷蔵の脈打つ音が三郎の瞼をゆっくりと落とさせた。
どうしようもなく安心する、この音と空間に、三郎が逆らえるはずもないのだから。
だから、こんな状態で眠くなってもしょうがないのだと。
三郎は自分に言い訳をしてそっと意識を落としていった。
腕の中で、ゆっくりと呼吸をする体。
雷蔵は腕の中のその愛おしい体をそっと撫でる。
安心しきって弛緩している腕が床に転がっていたので、それを三郎の体の上に乗せてやった。
手を掴むと、その手はまるで赤子のように雷蔵の手を握ってくる。
それにまた目を細め、雷蔵は三郎への愛おしさが己の中で溢れ出て来るのを感じていた。
大切で。愛おしくて。傷一つ付けたくは無い存在。
実際は彼の方が強いし、雷蔵は守られてばかりで。
それが嫌で雷蔵も強くなろうとしていても彼は一歩前にいつも行ってしまう。
すやすやと安らいだ顔で眠る三郎。
腕の中にいるこの子が、いつこの腕からすり抜けるか分からなくて。雷蔵は時々彼を呼ぶ。
愛おしさを込めて、伸ばした手を鎖にして。
「三郎。」
そっと囁く声は、三郎に聞こえているのか。
聞こえていなくても、どちらでもいいのだけど。
「君は僕から離れないで。」
守れるように、拘束できるように、奪えるように、愛せるように。
「三郎は僕の傍に居ないと、駄目だからね。」
いつでも、雷蔵の手の届くところに。
何度も何度もそれは囁き続けた呪い。
雷蔵は誰もが見蕩れる、優しく愛おしさに満ちた表情でそれを囁く。
「三郎。僕の三郎。」
「んー……。」
「おや。起きたかい?」
穏やかで心地よい眠りから覚めても、真っ先に見えたのは大好きな雷蔵の顔で。
三郎は寝ぼけた表情でふにゃりと笑って頷いた。
「らいぞぉ、おはよう。」
「うん。おはよう。」
しかしその肩はむき出しになっていて、三郎がそれに目を瞬かせて体を起こすと、視界に見覚えのある羽織がパサリと落ちた。
「あ。」
「ああ。もう大丈夫かな?」
そしてそれを羽織る雷蔵に、三郎は慌ててその膝の上から体をどけた。
「ら、雷蔵ごめん!!」
「うん?何が?」
心底分からないという表情で三郎を見つめる雷蔵に、三郎は情けなく眉を下げる。
「それ……。」
「ん?ああ。三郎。」
「え?」
「あっためてくれてありがとう。とても温かいよ。」
にっこりと、そんなことを言う雷蔵はそっと羽織った上着を撫ぜた。
その笑顔に三郎は音が立てられそうなほどに顔を一気に赤くする。
「ら、らいぞうは………。」
「ん?」
「雷蔵は私に甘すぎる…………。」
何を今更と。級友たちなら笑いだしそうな話だ。
雷蔵はだが笑うことなく、ただそっと真っ赤になる三郎の頭を撫でてやった
「僕は三郎に甘いわけじゃあ無いよ。」
「で、でも………。じゃあなんで。」
「内緒。」
にっこりと笑う顔は三郎の言葉を封じ込め、雷蔵はますます愛おし気にその頭を撫でてやった。
「ほら三郎。夕餉の時間だ。行かなきゃ。」
「あ…。うん。」
そして戸を開けて手を差し伸べれば、それに飛びつくのが三郎である。
雷蔵は微笑んだまま、その手をぎゅっと握る。
「?雷蔵?」
「行こう。」
「うん!!」
しっかりと握られた手は、鎖のように二人を繋いだ。
あとがき
リハビリ第一弾。
普通に楽しく書くとなぜかヤンデレ風味になる雷蔵さん。愛してます。
雷鉢楽しいね!!