貴方に会いたい
ずっとずっと探してたよ。
君に会える日をずっと、待っていたよ。
三郎はぼんやりと隙間の開いた窓から空を見上げていた。
雷蔵は委員会で居ない。誰もいない部屋は常の三郎にとっては苦痛を伴うものだけど、今はこの時間が数少ない安らぎの時間だ。
はぁ、と知らないうちにため息が重く吐き出される。
それでも胸の中の重みが取れるわけではなく。
三郎は意識を心の内に戻した。
考えるのは、ただ一人。
(雷蔵…。)
優しい相棒。恋人でもある。自分にはもったいないほどの人。
そう、もったいないのだ。
優しい彼を、束縛することは害悪に等しい。
(雷蔵は、優しいから。)
だから三郎の我がままに応えてくれている。
恋人ごっこに、付き合ってくれている。
三郎は脳裏に雷蔵の困ったような笑顔を思い出していた。
三郎が触れようとすると、決まって雷蔵はそういう顔をする。それは、三郎が雷蔵と恋仲になったと喜びさらに触れるようになってから。
隣に居ても居なくても、雷蔵は三郎のことになると少し表情を曇らせる。
それは、きっと自分にしか分からないくらいの違いだ。
(もっと早くに気がついていたら…。)
こんなことにならなかった。
(もし気づかなければ…。)
なにも考えずに雷蔵と笑っていられたのに。
三郎はしかし、そこまで考えて首を振った。
(そしたら雷蔵が我慢したままだ…。)
気がついて良かったのだ。三郎がこうして気がついたなら雷蔵の為に行動することが出来る。
あとは、覚悟だけ。
三郎は一筋涙を零して、瞳を閉じた。
演技は得意だと自分でも思う。伊達に変装名人を名乗っている訳ではない。
演技は自分を押し殺すことだ。しかも、それに違和感を覚えさせてはいけない。
だから三郎は慎重に、密やかに、雷蔵から距離を取っていった。
それは、とても辛いことだけど。
雷蔵には笑顔でいてほしいから。
「雷蔵。」
「三郎。どうしたの?」
「雷蔵に会いに来た。…っていうのはまぁ本音だけど。ついでの用事はこっち。」
おどけながら三郎は一枚の紙を委員会中の雷蔵に差し出した。
「なに?」
「明日の実習は雷蔵の当番だろう?それの計画表。先生から預かってきた。」
「ああ!わざわざありがとう!!あとで部屋でくれてもよかったのに。」
「言っただろ?雷蔵に会いに来たのが本音。」
三郎はおどけたようにそう言うと、また、雷蔵は優しいだけではない笑顔になる。
なにか、辛そうな顔。
それにズキリと痛んだ心を三郎も押し殺して、「じゃあな。」と笑って背を向けた。
ため息は、遠く離れるまで堪える。
図書室からしばらく歩いた後、三郎はようやく重い息を吐きだした。
覚悟はしたはずなのに、まだ三郎の心は重く刺される痛みを与えてくる。いつか、忘れることができるのだろうか。
「それは…、嫌だなぁ。」
雷蔵を解放したら、もう三郎のことなど忘れてしまえばいい。でも。
三郎自身は、雷蔵を忘れることなど出来るはずもない。
愛してるから。
隠していても押し殺しても、この思いを捨てることは出来そうない。そんなことは出来るはずがない。
フリだけだ。三郎が出来るのは。変装のような真似ごと。それに雷蔵が、雷蔵だけが騙されてくれればいい。
あとは、残すことを許してくれるだろうか?
(好きだ。好きなんだよ、雷蔵。)
祈るような気持ちで、三郎は俯く。
涙は流せない。
心の中の水は溢れることなく、ただ三郎の胸を重くした。
雷蔵は灯りの一つもない部屋に動きを止めた。
この処三郎は鍛練の為に遅くまで帰ることは無い。だから部屋は暗いままで、雷蔵を迎えた。
最初はあった置き手紙も、今は無い。
書いてある内容はいつも同じだった。『鍛練してくるから先に寝ていてくれ』と。たまに仕事の時もあったが同じことだ。
部屋に、三郎が居ない。
それが寂しいと駄々をこねるほど雷蔵は子供ではないから何も言わない。
天才という名に恥じぬよういつも努力している三郎のことも理解している。
「………………。」
雷蔵はそれ以上考えることを止めて、布団へ潜った。
暗い部屋に、それ以上の寝息が増えることは無く。
「お。三郎。はよ。」
「…ハチか。」
井戸で顔を合わせた竹谷と三郎は互いの姿をまじまじと見つめ、それから眉間に皺を寄せる。
「…きったねぇなぁ。」
「お前こそ。」
お互い鍛練をしていたせいか、泥だらけの姿は確かに見られた物ではない。
朝の光がさらにそれを強調しているようで、二人はさっさと井戸の桶に手を掛けることにした。
「珍しいな。三郎が朝から鍛練とはよ。」
「そうか?」
「普段努力してるとこ見せるの嫌いなくせに。なんかあったか?」
「別に。なんもねぇよ。たまたまだ。」
ぶっきらぼうに水を被りながら答える三郎を、竹谷はまっすぐな目でじっと見つめる。
それを嫌そうな顔をしながら三郎も受け止めると、しばらくして竹谷はニッと笑って三郎の頭を乱暴に撫でまわした。
「うわっ、おい!」
「よしよし!!なんかあったら俺んとこ来いよ!な!!」
明るく笑う竹谷を見上げながら、三郎は内心でため息を吐いた。
(…これだから勘の良い奴は…。)
「………そうするよ。」
ため息を吐きながらも、優しい友人の言葉に頷く。
竹谷はその答えにますます笑みを深めて、先ほどより強く、まるで動物を相手にするときのように三郎を撫でまわす。
「よーしよし!!良い子だなー!!」
「ちょ、やめろっ、ばかっぱち!!」
無邪気に戯れる竹谷に三郎も笑いながら逃げ回った。それを追いかける竹谷も子供のように笑い、束の間長屋の前が騒がしくなる。
それを、雷蔵が見つめていることに気づかずに。
騒がしい長屋の前に目が覚めた。
寝ぼけ眼を擦りながら戸を開くと、無邪気に戯れる三郎と竹谷が騒いでいる。
ああ騒がしかったのはこれか。でも他の人の迷惑になるから止めさせなければと雷蔵は声を掛けようとして、止まる。
三郎の笑顔を、久しぶりに見た気がして。
(…あれ?)
そんなはずはない。
三郎はいつでも雷蔵に纏わりついて。
嬉しそうに。
(…あれ?)
嬉しそうに?そんな顔、最後に見たのはいつだ?
だって雷蔵が温かい体に触れると、三郎はいつだって嬉しそうに。
(…え?)
雷蔵は愕然と自分の手を見下ろした。
三郎の、温度が分からない。
肌の感触も。あの作り物の頬も。自分を模した髪も。愛おしさが滲み出る目も。笑みをたたえる唇も。細い体に手足すら。
触れた記憶が、遠い。
「…………っ!!」
手を、伸ばした記憶が、遠い。
いつだって三郎が来てくれたから。愛おしいという言葉と共に、傍に居てくれたから。
だから。
触れていないのは。
雷蔵が呆然と目の前の二人を見つめた。
竹谷が三郎の体を捕まえて頭を撫でまわしている。それに笑い声を上げながら三郎も享受していて。
受け、入れていて。
「三郎!!」
気がつけば、雷蔵は大声で三郎を呼んでいた。
「っ雷蔵!?」
「あーあ。三郎が騒ぐから。怒られるぞー。」
「なっ、私のせいか!!元はといえばハチが!!」
「あーほら。早く行けって。」
ポンと背中を押し出されて三郎がこっちに来る。
「あー…雷蔵。」
「三郎。おはよう。」
「え。あ。うん。おはよう。」
おずおずと顔を上げた三郎の顔はやはり、笑顔などではなく。雷蔵がじっとその顔を見つめると気まずげに顔を逸らす。
それが、なぜだが妙に雷蔵の勘に触った。
素早く手を伸ばしその腕を取ると、雷蔵は力任せに三郎の体を引きあげた。
「らっらいぞう!?」
三郎の戸惑いの声にも応えず雷蔵は開いたままの戸から自室に戻る。
部屋に泥が落ちるのにもかまわず叩きつけるように三郎の体を床へ投げ出した。雷蔵からこんな乱暴な扱いをされたことない三郎は混乱する頭で戸惑いの視線を雷蔵へ投げかけた。
それすらも無視して、雷蔵が三郎の体に覆いかぶさるように乗り上げた。
三郎の白い首筋や揺れる瞳を見た途端、雷蔵は自分の中に凶暴な感情が湧きあがるのを感じていた。
(ああ…だから僕から触れなかったのに。)
三郎に触れてしまえばたやすく理性が切れることは分かりきっていた。だから、雷蔵はせめて三郎の心の準備が出来るまではと手を伸ばさなかった。
それでも、三郎は触れてくる。それは嬉しいことであると同時に辛いことでもあって、雷蔵は悩みながらもそれを受け入れていた。一時の我慢だと、そう思っていた。
「雷蔵?」
戸惑う声音が雷蔵の意識に障る。
雷蔵は縋りつく腕を纏め上げ、三郎の装束から引き抜いた腰ひもで固く結んだ。それを柱にも固定し、身動きが取れないようにする。
ギリ、と肉と布の擦れる音がして、三郎の目の色が恐怖に変わっていく。
「雷蔵!雷蔵!!何があった!?何か言ってくれ!!」
「君は……、」
「え……?」
「君は、誰でもいいのか?」
「は?え?なに…」
「君を好きだという人間さえいれば、君は誰でもいいのか。」
「らい、んぅっ!」
目は閉じず、雷蔵は騒ぐ三郎の口を己のそれで塞いだ。
じっと見つめた先では、怯えた目をした三郎が信じられないとでもいうように雷蔵を見上げている。
眉間に皺が寄るのが、自分でも分かった。
「はっ、ん、ンン!」
呼吸を奪うように三郎の唇を全て覆う。ずるりと差し込んだ舌は空気を求めて開いていた口にあっさりと飲み込まれた。
竦む三郎の舌を吸い出し甘噛みすると、ビクリと三郎の体が震える。
ちゅ、と音をさせて唇を解放する。三郎は「ハァッ、っは」と荒く息を吸い込んでまた怯えた目で雷蔵を見上げた。
「…三郎。」
いつもより随分と低く、冷たい響きになった声に三郎は体を震わせた。
何故、と口を開く前に三郎の下肢を覆うものを全て剥ぎ取ってしまう。
雷蔵は、今の胸の内が熱いのか冷たいのかすら分からないままに三郎を求める。欲望のような熱さも、怒りのような冷たさも無い。
考えているのは、三郎を手に入れることだけだ。今すぐに。
「三郎…。」
さっきの問いの答えなんか聞きたくは無かった。
「僕から離れるなんて許さない。絶対に。」
目を見開く三郎に、雷蔵は優しく微笑みかける。
「だから楔を打とう。もう僕から離れないように。そんな考えすら浮かばないように。」
「らい、んむぅ!!」
答えなんか聞きたくない。
雷蔵はとっさに開いた口に指を突っ込んで三郎の舌を封じた。
苦し気に顔を歪める三郎に、憐れみを覚えながらも雷蔵は手を止めることはない。
ギシギシと三郎が暴れる度に軋む柱にちらりと目をやるが、それを外す訳もなく。
三郎の剥き出しになった足の間に体を入れると思い切り空いた手でそこを割開いた。
「ンぅ!!!ら、ぞ!らめ!!」
「…綺麗だよ。」
顔を赤くして首を振る三郎にまた微笑みながら雷蔵は三郎の唾液に濡れた指を引きぬく。
途端に顔を起こそうとする三郎を視界の端に入れながら、ヌルつく指を見せつけるように三郎の固く閉じた蕾に擦り付ける。
「ひっ、や、だぁ!!らいぞう、やだ!!やめろよ!!!」
「どうして?」
「ど、してって……?」
そこをなぞる指をそのままに、雷蔵は三郎と視線を合わせる。
口元はそれでも笑みを浮かべたままで、三郎が再び怯えた目をする。
「どうしていけないの?三郎が、僕から離れないようにするのに。」
「っでも、」
「それに、もう遅いよ。」
「ぃあ!?あ、あああああああ!!」
「もう、止まらない。」
ズッ、と固いそこを力ずくで開くと三郎は涙を浮かべて首を振った。
「いたっ、やだぁ!!らいぞ、痛い!!」
「三郎、力抜いて。じゃないとずっと痛いままだよ。」
「む、り!!痛い!!」
ポロポロと涙を流す三郎に雷蔵はため息を吐いて、さっきから萎えたままの三郎自身に手を伸ばした。
「ふぁっ?あ、ぁあっ、らいぞ…だめ、そこっあああ!!」
すぐに起ち上がったそれを擦りあげながら雷蔵は広げるように埋めた指を動かす。
どちらの手もグチグチと濡れた音を立てるようになったころには三郎は暴れることも忘れたように啼き声を上げるだけとなる。
「ヒんっ、や、ぁ…あっ、ァア!あぅ、ゃぁ、あ!」
雷蔵は事務的に手を動かし、十分にそこが広がったそこを確認すると、くちゅ、ずりゅ、と音をさせて三郎から手を離した。
「ふ、あ…?」
「…三郎。覚えておいてね。」
「三郎は、僕のだ。」
「あ、ああああああああ!!!!」
「キッツ…、」
締め付けられる痛みに耐えるように顔をしかめながら三郎を見ると、荒く息を吐いて意識が飛ばないように目を閉じている。
それでも止まることの無い涙に、雷蔵は体を倒して唇を寄せた。
「三郎…、僕の三郎…。」
「はっ、ハァ…っ、あ……う…ら、ぃぞぉ………。」
呻くように雷蔵の名前を呼ぶ三郎に、小さく口づけを落としていく。
三郎に対する愛おしさと、ようやく手に入れることが出来た喜びと、満たされた独占欲。三郎が薄く目を開くと、すぐ近くにあった雷蔵の目とぶつかる。
「ら…ぞ…、なん…で……。」
「なぜ?言っただろう。三郎を、僕のものにするためだよ。」
痛みと圧迫感で意識が朦朧としているのだろう、三郎の言葉はとぎれとぎれになってまるで寝言のようだ。
それでも懸命に、三郎が何か言おうとしている。
「………………。」
「ら、ぃぞ…、」
「どうしたの?」
ふわり、と雷蔵は笑みを浮かべる。
恨み言でも、呪いの言葉でも聞こう。もうきっと、離せないから。
言いたいだけ言えばいいと、それでも傍にいる覚悟を決める。
でも、その愛おしくて止まないその唇が形作るのは。
「も……はなれ、ない?」
「三郎?」
「らいぞ、そば、に……?」
「傍に居るよ。君が嫌だと言っても傍にいる。絶対に、離さない。」
雷蔵のはっきりとした言葉に、三郎は。
笑みを、浮かべて。
三郎は痛みを堪えながら、雷蔵を見上げた。
なんでこうなったのかも分からないし、腕も痛いし下半身も痛いし苦しい。
それでも、三郎は自身が笑みを浮かべているのが分かった。
「三郎…?」
雷蔵が戸惑っている。
それはそうだろう。まるでこれでは強姦だ。
でも三郎は。
雷蔵を愛してる三郎はこれは和姦だと言い張る。
「らいぞ…うれしい。」
「さ…」
「そばに、いていいんだな?もう、離れなくていいんだよな?君を…好きでいていいんだよな?」
腕は縛られていて雷蔵に伸ばすことが出来ない。
だから三郎は動かない雷蔵の体に足を絡めつけて、そっと体を押し付けた。
「あっ!はっ、くンっ…」
「ンっ、三郎、君は…。」
「らいぞっ、」
「っ、」
「らいぞ…抱いて、わたしを…らいぞのに、してっ?」
強請るように腰を動かせば、再び雷蔵の目に欲が煙るのが見えて。
それを見て三郎がまた笑みを浮かべた。
きつく結ばれた紐を雷蔵の手が解く。
解放された手は痺れていたが、三郎は構わずにその腕を雷蔵に伸ばした。
声は、啼き過ぎたせいか少し出すのが辛い。
雷蔵と三郎が同時に果て、雷蔵のモノを抜いた途端に溢れた紅色に眉根を寄せるのが分かった。
だから三郎は手を伸ばして、「大丈夫」とかすれた声でその体を抱きしめる。
「…三郎、君は。」
「いいんだ。私が悪いんだから。」
「っ違うだろう!?君が悪いんじゃない!!僕が、僕が…っ!」
自分に言葉にならない怒りを感じる。
「雷蔵は、いつだって私のことを考えてくれていた。だから、悪いのはそれが分からなかった私だ。」
「違う!僕だって君の気持ちなど考えもしなかった!!ただ、離れる君を理由を聞きもせずに、こんなっ!!」
そう叫んで、雷蔵は三郎の体を見下ろす。
下肢からはいまだ流れる白濁の混じった赤い筋。腕は無理に血を止められて青白くなって、さらにその手首からも血が滲んでいる。今は見えない背中も、きっと擦れて痣だらけに違いない。
その全てを、付けたのは雷蔵だ。
しかし三郎は、涙の跡の残る顔で苦笑する。
「なぁ雷蔵。いいじゃないか。」
「なにが!?」
「だって、ようやく私たちはこうしてお互いの気持ちを知り得たんだから。…ねぇ雷蔵。私は君の気持ちを疑ってしまったよ。すまない。」
「…三郎。」
「こんな私だけど、君は愛してくれるかい?…傍に、居てくれるかい?」
そうして儚く微笑む三郎が、本当に愛おしくて。
雷蔵は思い切りその体を抱きしめる。
「三郎…。三郎、僕も、君の気持ちを疑ってしまった。ごめん。…こんな僕でも、愛してくれる?」
「もちろん。」
「三郎、僕も、もちろん君を愛すよ。君の傍にいる。」
「君が好きだ。」
「君が好きだ。」
ようやく出会えたね。
貴方に、会いたかったんだ。
私の愛する、私を愛してくれる君に。
あとがき
一万打フリリク「三郎が雷蔵の気持ちに疑問を持ち、避けている内に雷蔵が切れて無理やり。」でした。
桜様…っ遅くなり申し訳ありません。こちら返品可となっておりますのでっ!!裏もぬるくてすみません…。
桜様のみお持ち帰り可です。よろしくお願いします。