秋の匂い


休みの日の朝。というにはまだ早い未明。
三郎は一人、兵助の部屋で本を読んでいた。
部屋の主はもうすぐ帰るはずで、ここ三日ほど顔を見ていなくて、だから。
そんな言い訳をしながら、主の気配を残す部屋に三郎はいる。
そしてようやく朝日が昇ってきたというころ、がらりと戸が開いた。
「…おかえり。」
「ただいま。」
三郎が居るのは気配で分かっていたらしく、特に驚いた様子もないまま無表情に兵助は荷物を床に置いた。そのまま常にするように私服から寝巻か制服に着替えるのかと思えば、トンと三郎の隣に座る。
「…疲れたのか?」
「んー…。うん。疲れた。」
「寝るか?」
「いや。三郎にくっついてるからいい。」
「なんだそれ。」
ふふと笑う三郎を、兵助が愛しげに見つめる。その視線に気づいた三郎がはっとして赤くなる顔を反らすが、兵助はますます笑みを深くして抱きしめる。
「なん、だよ。疲れてるならさっさと寝てろ。」
「やだ。三郎といちゃいちゃするんだ。」
「いちゃ…っ。変な言い方するな…ッン。」
兵助の言葉に勢いよく振り向く三郎の顔をそっと捕まえて、唇を合わせる。
思うさま蹂躙して、最後に唇を吸えばチュと小さな音がした。その音にさえ顔を赤くして、三郎はうるんだ眼差しで兵助を睨んだ。
「この…豆腐が。」
「…それ、悪口なのか?」
「うるさい。もうお前黙ってろ。」
「はい。」
拗ねた三郎が兵助の肩に顔を埋めると、くつくつと低く笑う振動が伝わる。そのことにもむっとして、この背中に猫のように爪でも立ててやろうかと強く抱きしめる。
そのとき、ふわり、と慣れない香りが三郎の意識に滑り込んだ。
「…?」
「どうした三郎?」
「んー?」
くんくんと兵助の首筋、肩、腕と匂いを嗅いでいる姿は大層かわいらしいが、兵助にとっては拷問に等しい。
(これでわざとじゃないんだ…。平常心平常心。)
うっかりすると熱を持ちそうになる自身をなんとか宥めつつ堪える。そのまま無言で待っていると三郎は首を傾げながらようやく顔を上げた。
「んー?」
「どうした?」
「兵助、なんかいい匂いがする。」
「匂い?」
自分たちは、体に匂いを付ける習慣は無い。その香りで居場所や気配が分かってしまっては忍として失格だ。
そのため、兵助には香りを付けるようなことをした心当たりは無かったのだが、尚も三郎は考え込んでいる。
「なんだろ…甘いような、すこし酸っぱいような…。」
「甘い…。ああ分かった。金木犀だろ。」
「金木犀?」
「そう。三郎は見たことないか?萱草色の小さな花の木だ。」
「学園内にあるか?」
「いや無いだろう。かなり香りの強い花だから。」
「そうか…。多分、見たことはあると思うんだが。なんで兵助がその花の匂いを付けてるんだ?」
「ああ。追手を撒くとき、潜んだ場所の近くにあったんだ。」
「ふぅん…。」
「気に入った?」
「…ん。好きだな。」
「そっか。」
そうは言うものの、忍たるものいつもこんな匂いをさせる訳にはいくまい。三郎は今だけのこの匂いを思う存分堪能するように、再び兵助に抱きついた。
そのとき、再びふわり、と三郎の意識に滑り込む香り。でもさっきとは違う。
(火薬と、すこし、汗の匂い)
「兵助の匂いがする…。」
「っ。そ、そうか?」
「うん。…私、こっちも好きだ。」
「そ、うか。」
部屋が薄暗くて良かったと兵助は心底思っていた。
今耳まで赤くなっているのが分かる。顔が熱い。体が熱い。
(三郎が可愛いのがいけないんだっ。)
猫のように体を擦り付けて甘えてくる三郎に、鉄の理性で堪えようと兵助は拳を握りしめる。しかし、すぐさま無条件降伏してしまいそうなほどの愛らしさを持つ恋人はそれを知ってか知らずか、体を少し離すと兵助の顔を見上げ、二コリと笑うのだ。
「ふふ…。兵助が帰ってきたって気がする。」
途端に、理性が切れたのは兵助のせいでは決してないだろう。



「ん…ふ、あ!アア!へい、すけぇ」
「三郎。かわいい。三郎…。」
ぐちゅりと繋がった部分からいやらしい水音がする。その音にも欲情して三郎はますます顔を赤くし涙して、兵助はその表情にまた欲望を募らせる。
色事には幼い反応を見せる三郎を、兵助は口で指で翻弄してドロドロに溶かして、訳が分からなくなるまで甘やかす。そうすれば、彼はいつもより何倍も素直に愛らしくなることを知っているから。
「三郎…。」
「ふゃん!!ア、ヤ、んあぁ!あ、あぁあああ!!」
うつ伏せに鳴き声を上げる三郎を、兵助は自身を入れたまま足を掴んで仰向けにさせた。ぐるりと中を掻きまわされて三郎は声を上げる。抗議するように睨みつければ、それさえも愛しいとでもいうように蕩けた笑顔を返された。
兵助の長い指がそっと三郎の顔に触れる。いつでも三郎を翻弄する指は優しく涙をぬぐって、そのまま三郎の手を取った。
ぐいとその手を背中に回させると、縋れとでも言うように身を寄せた。
「あ、あぅ。ひあ!やあ、アアアン!」
「三郎…。好きだ。三郎。」
そう呟きながら三郎の首筋に顔をうずめる兵助を、目を閉じて迎える。
そのとき
(あ、はなの、におい)
甘い匂いが、三郎の意識をくすぐる。
(へいすけ、の、におい)
火薬の匂いが、三郎の手をその背中に導いた。
いつになく素直に抱きついてくる三郎に、兵助はクラリと目眩をする。
「…っの。」
「ぅあ!?あ、あぁぁああン!!や、へい、ちょっとまっ!んァアア!あ、ダメ、やあっ。あ。も、イっちゃ、ああああああああ!!」
「三郎、三郎っ」
三郎が自らの白い腹をそれより白い精液で汚す。それと同時に兵助も三郎の最奥で欲望を弾けさせた。
ハァハァとお互い荒い息で脱力する。
「…あー。きっと太陽が黄色いぞ。」
「言うな…。」
お互い睦み合っての第一声がこれというのも色気のない話だ。
ズルリと兵助が自身を抜いて三郎の横に寝転ぶ。そのまま自然に三郎を抱き寄せた。
そのとき、今度は兵助の鼻孔を甘い匂いがくすぐった。
一瞬自分からしているのかと思ったが、近くにある三郎の手からその匂いはしている。
「ふふ…。」
「なんだよ突然。気持ち悪い。」
「何でもない。」
ぎゅうと抱きしめると、三郎は少し疑問符を顔に浮かべながらも、幸せそうにその身を預けた。


あとがき
お外にゴミを捨てに行ったら金木犀が良い匂いでした。
そして咄嗟に出てきたのが忍務帰りに金木犀の匂いをさせた久々知。
外の匂いをさせるのは竹谷かとも思ったけど、花が似合う男ということで久々知に決定。
お花の背景だったら雷蔵ですけどね(笑)

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