愛の行為
真っ暗な部屋。
しかしその中は常の穏やかな空気とはかけ離れたものであった。
「…三郎。どういうこと?」
静かな、しかし怒りに満ちた声が部屋に響く。
雷蔵は、確かに怒っていた。
委員会が終わりすでに暗くなった部屋に帰って来た途端、腕を縛られ柱に括られているのだ。
縛った方はと言えば、自身とまったく同じ顔、しかし全く違う笑みで雷蔵を見下ろしている。
「…ねぇ雷蔵。気持ちいいことしようよ。」
「……何を考えているのかはあえて聞かないけど。いい加減にしないと怒るよ。」
「もう怒ってる。」
くすくす笑う三郎は、夜着姿のまま妖艶な笑みを浮かべ、雷蔵に己の顔をそっと近づけた。
「ねぇ。ねぇ雷蔵。好きだよ。大好き。だから。」
気持ちいいこと、しよう?
ぺろり、と雷蔵の唇を三郎の熱い舌が嘗める。そのまるで猫が甘えるような仕草に、雷蔵は目を細めた。
それをしっかりと見ていた三郎は満足そうな笑みでそのまま首筋に顔を埋める。ちう、と吸って紅い跡を残してはうっとりと見つめ、だんだん下へと下がっていく。
器用な手に雷蔵の制服はとうに肌蹴られ、三郎と同じく大小の傷の残る身体を細い指がそっと撫でながら緩やかに愛撫する。
しかし、雷蔵は表情を変えないまま、ただ三郎を見下ろしていた。
「…雷蔵。好き。」
そんな雷蔵を見上げながら、三郎はただそれだけを呟く。その顔は笑みを浮かべてはいるものの、一瞬だけ、その顔が泣きそうになるのを雷蔵は見逃さない。
「三郎…。後悔するなら止めなさい。このままでは、戻れなくなるよ。」
あくまで冷静な言葉は逆効果であったのか、三郎は頑なに首を横に振る。
「後悔は、しないよ。私は雷蔵と結ばれたい。」
その言葉に雷蔵はため息を吐く。しかし、それ以上何も言わないのを見てとって、三郎は再び手を動かしだした。
そっと袴と下穿きを剥がし、現れた雷蔵自身を三郎は愛しそうに目の前に見つめた。
「ああ…雷蔵。」
うっとりと呟くと、震える指がそっと萎えたままのそれを撫ぜる。
ピクリ、と反応するのに喜びを感じる。
それを見た途端三郎は夢中でそれにむしゃぶりついた。
卑猥な音をたてながら舐めまわされたそれは当然反応を示すが、雷蔵は表情を変えない。
三郎はちらりと雷蔵の顔に視線を向けると、すっかり起ちあがった雷蔵自身から口を離す。そしてあと少しで唇が触れる位置まで顔を近づけ、笑みを浮かべながら自分の夜着を脱いだ。元より下穿きなど穿いていないそこはすでに起ちあがっていたが、三郎はそれには手を触れずどこからか取りだした薬入れを手に取り、中のどろりとした液体をたっぷり指に乗せる。
「…雷蔵に、痛い思いはさせないから。」
ふわり、と心底愛おしそうに三郎が笑った。
しかしその顔もすぐに何かに耐えるように顰められる。
「ん、んぅ。…ふ、ぅ。」
ぐちゅり、と卑猥な音が耳に響いた。雷蔵が三郎の後ろに視線を伸ばすと、三郎の手が後ろに回されている。抜き差しするような動きと共に響く音は、容易にその様子を雷蔵に想像させた。
「………三郎。」
「あ…っん、あ…らいぞ…。あ、っふ、ん…。」
額に汗を浮かべ、辛そうな声をしているのに三郎は雷蔵に向かって微笑む。
雷蔵はじっとその顔を見つめたまま動かない。
だが、だんだん熱の籠もり始めたその視線に三郎は気が付いていない。
「は、ぁあ。」
息を荒くした三郎がため息のような声を出して自身の指を引きぬいた。
そして雷蔵の肩に手を掛けると、再びにこりと微笑む。
「…ごめんね。」
「!!さ、」
その、泣きそうな顔に、声に、三郎自身は気が付いているのか。雷蔵は名前を呼ぼうと口を開くが、ぐちゅん!と思い切り挿入する衝撃に息が詰まって声は言葉にならなかった。
「あ!ああ、ん!ん、ぁ、ぅああ!」
ただ雷蔵の上で腰を上下に動かす三郎を雷蔵は見つめる。しかし、顔をそむけるように俯く三郎の顔は、雷蔵からは見えない。
「あ、あ!!らいぞ、雷蔵!ごめんな、さい、ごめんなさい!」
ぽた、と透明な雫が雷蔵の腹に零れる。それを見た途端、雷蔵の胸は締め付けられるような痛みを覚えた。
三郎は雷蔵の名を呼び、顔も見せないままただ身体を動かしている。
「さ、ぶろう…。」
「は、あぁ、ん!らいぞう。あ、あ!す、き、らいぞ…すきぃ、ごめんなさい…。」
「っ!!」
「あ!!らいぞう!?」
「この、馬鹿!」
ようやく縄から抜けられた腕を雷蔵は迷うことなく三郎へ伸ばした。
艶めかしく動く身体を抱き寄せ、顔を無理やり自分の方へ向かせると、案の定赤い目をして涙を零す三郎の顔は酷いものだった。
涙でぐしゃぐしゃになり、顔は青ざめている。震える唇は快楽からとではなく痛みからか。
その唇が、雷蔵の名を呼ぶ。
「…らいぞう。」
明らかに怒っている雷蔵に、三郎の目が恐怖に塗り替えられていく。
これで、終わったと。
我がままを通し続けた代償がきたのだと絶望している。
そんな暗い目でポロポロと涙を零し続ける三郎を、雷蔵はギリ、と目を吊り上げて見つめた。
それを見てビクリと身体を震わせる三郎に構わず、雷蔵は今度は自分から三郎へ顔を近づけた。
ちゅ、と愛しい者の目尻の涙を吸い取るために。
「え…。」
驚きに目を見開く三郎に構わず、雷蔵は今度は頬を流れる雫を舐めとる。涙で汚れた顔が綺麗になったのを見ると、次は両肩に添えられた震える手をそっと取り、こわばる指一本一本に口づける。
茫然とそれを見ていた三郎が我に返ったのは、雷蔵がいつものように困った笑みを浮かべて、三郎を抱きしめた時だった。
「…好きなのは、自分だけだとでも思った?」
「……え?」
「謝るな。泣くなよ。僕は昔から、君の泣き顔に弱いんだ。」
そして再び目尻に落とされる。愛しさを溢れさせた口づけは、三郎の身体の強張りをゆっくりと溶かしていく。
「…雷蔵?」
「後悔は、しないと言ったよね。」
その言葉に、こくりと頷く。それを見た雷蔵が微笑んで、やはりどこか困った表情のまま三郎を見つめる。
「いつか、君は僕から離れるだろう。それでも、抱いてしまえば、愛してしまえば僕はきっと一生君を離すことが出来なくなる。それでも?」
「いい!!私は、雷蔵から離れないから!だから、」
「三郎…。」
雷蔵は、どろりと自分の中の独占欲があふれ出てくるのを感じた。
ああ、三郎は知らない。
このどろどろした感情が、ただ三郎にのみ向けられていることを。
抑えていた。蓋をして、封をして、三郎を苦しめまいと閉じ込めていた。だが。三郎がそれを開けた。
「あ!!あ、アぁああ!んぅ、ァアア!」
「三郎…。」
下から突き上げる動きに三郎が嬌声を上げる。今度は顔を隠そうとせずに鳴く三郎を雷蔵は光悦と見つめていた。
三郎も、そんな雷蔵と目を合わせて微笑む。
ああ。
なんて愛おしい。
「三郎…。これから君は僕のものだよ。」
「うんっ!」
嬉しそうな顔をする三郎は知らない。きっと雷蔵はこれから三郎にひどいことをするのに。
三郎のその目に誰かが映ることを許さない。
三郎の意識に雷蔵以外が入ることを許さない。
三郎が誰かに微笑めば、きっとその相手を許さない。
三郎が泣いても離さない。
三郎を、愛することをもう止めることは出来ない。
解放された欲は、止まることを知らない。
自由に生きることが似合う彼を、閉じ込める自分はおそらく大罪人となる。
でも。
「三郎。好きだよ。」
「…っ!!私も、すき!あっあ、あああああ!!」
「…っく。」
欲を三郎の中に解放する。それを受けた三郎がうっとりと微笑むのを見た。
ああ。捕われたのは僕か。
互いの首に繋げられた鎖を、雷蔵は見た気がした。
あとがき
襲い受三郎が書きたかったんです。ごめんなさい。
いつもにまして言ってることがわけわかめ。
教訓:シリアス書いてる時にギャグ漫画を読んではいけない(←影響されやすいんだからさぁ)