貴方に愛を
竹鉢ver









「さーぶろっ!!」
「うっわ!!」
ガバリと背後から大きな体が覆いかぶさってくる。
三郎は倒れそうになるのをたたらを踏みながらも堪えた。そしていまだ重くのしかかる背後霊の頭を思い切り叩く。
「こんのアホハチが!危ないだろうが!」
目を吊り上げる三郎に、叩かれた当の本人は締まりの無い顔でニヘらと笑みを浮かべる。
「いやぁ、三郎見つけたら堪え切れなくて。」
「犬かお前は!いや犬っぽいとは思ってたけどほんとに犬か!お前は!」
「うん犬でもいいや。三郎に抱きついていいなら。」
「このあほーーーー!!!」
仲睦まじい様子に、周囲の目は生温かい。
三郎はその中の一人と目が合い、かああああと顔を赤くさせると、身をよじって竹谷の下から逃げだした。
「お、お前!人前でこういうことするなって言っただろ!?」
「お前だって雷蔵にしてんじゃん。」
「私はいいんだ!」
理不尽な。
周囲の人間は思わずそう思ったが、言われた当人はそうは思わなかったらしい。純粋に反論しようとする。
「でもさ三郎。お前だって雷蔵にしてんなら分かるだろ。俺だって三郎見てたらくっつきたくなるんだって。」
「だから、私は雷蔵が許してくれるからいいんだ!でもお前は駄目!!」
「なんで。」
「なんでも!」
すでに子供の喧嘩だ。
駄々っ子のような三郎の言葉に呆れるでもなく、竹谷はなおも説得を続ける。
「三郎だっていつでも来ていいんだぜ?」
「行かない!」
「大体好きあってるのに触りたいと思わない方が不健全だと思わないか?」
「だから人の前でそういう話をするなーーー!!!!」
はぁ、はぁと荒い息を吐く三郎がいっそ哀れだ。
竹谷はじっと顔の赤い三郎を見つめると、なぜか一つ頷いた。
「…なに?」
「わかった三郎。じゃあこういうのはどうだ?」
「ん?」
「条件を出せ。それを達成出来たら、もう文句は言うなよ。」
三郎は目を瞬かせ竹谷を見つめた。冗談の延長かと思ったが、竹谷の顔は真剣だ。
「…条件?」
「おう。」
その言葉に三郎の頭が回転を始める。口に指を当て考え込む姿は竹谷からしてみれば無防備で押し倒したい程かわいいのだが、今それをしてはしばらく口を効いてもらえないことは目に見えていたので我慢する。
「…わかった。条件を出そう。」
「おう。」
「恋文だ。」
「お…う?」
返事が疑問形に変わる。竹谷が疑問を視線で伝えると、三郎は常のようにニヤリと笑ってもう一度「恋文だよ。」と言った。
「恋文が…どうしたって?」
「お前が出すんだ。私に。」
「はぁ?」
眉を下げて戸惑いの声を出す竹谷に、三郎はひどく嬉しそうな顔をした。
「お前は私が好きで場所に構わず抱きつきたくなるというが、それならその想いの丈を文に書いて見せろ。いいな?」
「…………わかった。」
「よし。期限は…一週間にするか。」
一人頷く三郎はさっきよりよほどご機嫌だ。対して竹谷の心中は曇って行くばかりだ。
「情けない顔するなよ。別に書けなくたって別れる訳じゃない。外で抱きつくなと言ってるだけだろう?」
「…それが辛いんだ。」
肩を落とす竹谷に三郎がふと愛おし気な笑みを浮かべた。
「ハチ。」
「うん?」
「期待して待ってるからな。」
ちゅ、
「!!」
額からした軽い音に、竹谷がバッと思い切り顔を上げると三郎はすでに背を向けていた。ひらひらと手を振る背中に飛びつきたくなるのをぐっと堪える。
「やってやろうじゃねぇか…っ!」


そんなことがあって三日後。
三郎はべったりと雷蔵の腰に腕を回して甘えていた。
「さーぶろ。いい加減にしなよね。邪魔だったら。」
「…やだ。」
「やだじゃないだろー。もう。」
そう言いながら、雷蔵も三郎の腕を外す様子は無い。それを知っているから、三郎も思う存分に雷蔵にくっついているのだ。
「ハチが構ってくれないからって。自分が悪いんじゃないか。」
だが必然的に小言も付いてくるのは我慢しなければならない。
三郎は雷蔵の言葉にますます腕に力を込めた。雷蔵は苦しがるでもなく、ただポンポンとその腕をあやすように叩く。
「ハチ。頑張ってるみたいだよ。この処ずっと図書室に通いづめしてるって。それも恋愛小説ばっかり借りるものだから、君とのこの間の派手な寸劇と一緒に噂になってる。」
「………………。」
「いいじゃない。愛されてるね三郎。」
「……雷蔵だって私は愛してる。」
「ふふ。ありがとう。」
雷蔵は腕を叩いていた手を三郎の頭に伸ばし、よしよしと撫でた。
「ほんとはいっつも構ってもらって嬉しいくせに。ああやって意地張るからこういうことになるんじゃないか。」
「意地なんか張ってないもん。」
「はいはい。これに懲りたら、ハチが持ってきたものはなんでも合格出してあげるんだよ。」
「………………。」
返事がないのに苦笑して、雷蔵はもう一度頭を撫でると再び本へ視線を落とした。


そして期日の一週間が経った。
三郎は、雷蔵の言うとおり竹谷がどんな変な恋文を持ってきても合格を出すつもりでいた。癪ではあるが、やはりこの一週間は寂しかったのだ。
それでも一度張った意地は中々外せるものじゃないから、こういう形でしか三郎は竹谷を許すことが出来ない。
それが、少し引っかかる気がするけれど無視をする。
だからいつものように飄々とした顔で、三郎は一人、部屋で竹谷を待った。
やがて、聞きなれた少し乱暴な足音が三郎の耳に届く。
「三郎。いるか?」
「ハチ。」
一週間、まったく口を利かなかった訳でも会わなかった訳でもない。だが、竹谷はこのところ暇があれば調べものをしていたので、こうしてゆっくり会うのは久しぶりだ。
三郎は浮き立つ気持ちを隠しながらなんでも無い風を装って振り返った。
入口に立つ竹谷は真剣そのものといった顔で、三郎を見下ろしている。その懐に、白い紙が見えて、心臓が跳ねる。
「一週間、だ。」
「…うん。」
竹谷は酷く緊張した様子で三郎の正面に座った。いつものように胡坐ではなく、正座だ。
それから恭しく懐の手紙を差し出すものだから、三郎まで緊張して両手でそれを受け取ってしまった。
はっとしてからかうような笑みを浮かべると、竹谷は少し顔を赤くして顔を逸らす。
「…なんだよ。」
「ばぁか。緊張しすぎなんだよお前。」
「…恋文ってのは、緊張するもんだろ?」
竹谷は開き直ったのか顔を赤くしたまま顔を上げる。それにまた笑みを一つ零して、三郎は手の中の文に目を落とした。
「……今開けても?」
「…………おう。」
かさり、と乾いた音をさせて折りたたまれた文を開く。
この一週間、随分考えていたという。
(歌か…、本の引用か?自分で考えるほどのあたまは……。)
無いはず。と開いていった先。
三郎はまず目を見開き、そのまま固まったかのように動かず、そして数秒経ってようやく、その顔を朱に染めた。
両手に持った文をくしゃ、と顔に押し付けて、「ばっかじゃねぇの………。」と小さな声で呟く。
竹谷はその反応に満足そうに笑い、目の前の恋人へ手を伸ばした。
いまだ紙に顔を埋めたままの三郎をそれごと抱きしめるが、いつも照れて文句をいう三郎は今は大人しい。
「難しい言葉が書けるなんて、三郎だって思わなかっただろ?だったら、俺の気持ちを書いただけだ。」
文に書かれた「好きだ」の三文字。紙に大きく力いっぱい書かれた字は、確かに竹谷のものだ。
飾らない、装わない、衣も着せない。まっすぐな言葉。
「ばぁか……。」
「うん。俺馬鹿だからさ。だから、これが精いっぱい。」
何度も馬鹿と言いながらも、三郎は文を手放す様子は無く。顔を上げる様子もない。
ちらりと見た耳は赤く染まっていて、まだしばらくは熱は治まらないだろう。
「なぁ三郎。合格?」
「……………………。」
「三郎。」
本当は。
本の引用だったり、竹谷自身が考えた言葉じゃなくても合格を出すつもりだった。きっとそうだろうなんて、期待していなかった。
でも、まさか。
「こんなの…ずるいだろ。」
「え?」
「こんな、私を喜ばせて…どうするつもりだお前。」
『好きだ。』
それだけの言葉がこんなに嬉しい。胸が震えて、温かい。
竹谷の、心からの言葉。
「嬉しいよ。八左ヱ門。ありがとう。」
目元はまだ赤く、照れたような顔で、それでも本当に嬉しそうに三郎が微笑む。
見たことがないほど綺麗に笑う三郎に、竹谷はぽかんと見惚れ、それから破顔して思い切りその体を抱きしめた。


それからしばらくは、三郎は条件の通り大人しく竹谷のされるがままにしていたものの。
エスカレートしていく行為に再び外での接触が禁止されたのは誰もが予想していた話であった。

あとがき
326の日記念フリーss。
テーマ「指定された小道具で三郎に愛を伝えてください。」。竹谷は「手紙

忍たまTOP