貴方に愛を
雷鉢ver.現パロ









ここ何日も、三郎は鬱々とした気持ちが晴れずにいた。
原因など、言わずとも分かる。雷蔵だ。
ここ何日も顔を合わせていない。電話をしてもメールをしても返事がない。
大学に入って同棲を始めた二人は、学部は違えどいつでも一緒にいた。朝も昼も夜も。つい最近まで。
同棲を始めるのは少し怖かったけど、雷蔵が常に傍にいるという誘惑に勝てなかった。
「やっぱり、だめだったのか…?」
小さく呟く言葉を拾う人は今はいない。
奇人変人扱いされた三郎を受け入れてくれた雷蔵だけど、やはり一緒に住むとなると話は違ってくる。
こんな、一年もたたないうちに。
三郎は何度目か分からないため息を吐いて、ソファに凭れた。
このソファとて、二人で選んで買ったものだ。せっかくだから、と少し大きいこれが、余計に隙間を感じて寂しい。
「雷蔵…。」
寂しいよ。
その言葉は出さずに、三郎はその上で静かに目を閉じた。


「ん…。」
瞼に感じる光に、三郎が身じろきうっすら目を開く。
光は窓から差し込む陽光だった。いつの間にか朝まで寝てしまったらしい。
三郎は寝過ぎて痛む頭をゆっくり持ち上げると、肩から何かずり落ちるのを感じた。
「…………。」
寝室から持ってきたのだろう。毛布が三郎にかけられていた。自分で持ってきた覚えはもちろんない。
「…雷蔵。」
きょろりと部屋を見渡すが、彼の姿は無い。
最近はいつもそうだ。三郎より遅く帰ってきて、三郎より早く出る。時計を見ればまだ7時にもなっていない。学校に行くにもまだ早い時間だというのに。
そんなに、自分と顔を合わせたくないのだろうか。
そう考えたとたん、ぱたりと毛布を掴む手に雫が落ちる。
三郎はそれをじっと見つめながら、拭うこともせずぼんやりとその場を動けずにいた。
部屋を、探そう。
雷蔵に迷惑をかけることはできない。こうして、毛布をかけてくれるのだって、きっと三郎が風邪でも引いて看病することを厭うたからだろう。

なら、最初から。もう。

なかったことに、してしまおう。

三郎は、膝を抱えて、少し涙を流す。
その涙を拭う手は無いまま。


「…なぁ三郎。お前最近顔色悪いぞ。どうかしたか?」
「そうか?別に何も無い。」
同じゼミの竹谷にそう言われても、三郎はいつも通りに笑って答えた。実際は、精神が直に胃にくる三郎は食欲などここのところ感じていなかった。それが原因なのは分かりきっている。でもこの義に熱い友人が聞いたら雷蔵に何か言いに行くかもしれない。そう思えば、三郎は嘘を吐くことを躊躇いはしなかった。
だが竹谷はじっと三郎を見つめ、その奥を探ってくる。
優しい奴だ。だから、三郎はその目を逸らして「ハチ。」と小さく呟いた。
優しい奴だから、それだけで通じる。深入りするなと。
「なんでもないよ。ハチ。大丈夫だから。」
竹谷は到底信じられないといった顔で三郎を睨みつけるが、三郎が再び「ハチ。」と言うとため息を吐いて三郎の肩を叩いた。
「…お前に何かあったら雷蔵の奴をぶっ飛ばしに行くからな。」
「何言ってるんだ。雷蔵は関係ないよ。」
「信じられるか。」
「ほんとだ。雷蔵は、何も悪くないんだ。」
「…………………。」
薄く微笑む三郎は、どこか暗い目で俯く。見ていて心が痛くなるほど、儚い笑みで。
「…じゃあ、何かあったら慰めてやるよ。」
「はは。じゃあそれは頼んだ。」
ふざけるように竹谷がそう言えば、三郎もようやく少し明るい笑顔で笑う。
その笑顔で別れて、竹谷は数歩歩いた後振り返りその背中をじっと睨んだ。


「兵助。勘。」
「ん?」
「や。ハチ。久しぶりー。」
「おう。」
「珍しいな。こんな理学の食堂まで来るなんて。」
兵助の言葉には答えず、竹谷は二人の隣の椅子に腰を下ろした。
その真剣な顔に、二人の顔がこわばる。
「で。どっち?」
誰より早く口を開いたのは、兵助だった。竹谷は主語の無い発言に苦笑して、「三郎」と答える。
「三郎か…。」
「なんかあったの?」
「知らん。何も言わねぇんだ。お前ら、なんか知らないか?」
「いや…。何も。勘ちゃんは?」
「俺も知らないな〜。」
男三人顔を寄せ合って話合う姿は傍から見れば結構不気味である。だが三人ともそんなことを気にした様子もなく互いの顔を見合わせた。
「三郎と言えば雷蔵だろ。そっちは当たったのか?」
「それが電話にもメールにもでねぇんだよ。」
「大雑把さんな雷蔵のことだから充電でも忘れてる可能性はあるけどね。」
「まぁ…なぁ。」
「そういや雷蔵にも最近会わないな。忙しいのか?」
「いや。俺も会ってない。」
「そうだね。俺も。」
「………今は別に課題とか出る時期じゃないよな。」
「そのはずだけど、よその学部の事情はわかんねぇよ。」
「そりゃそうか。」
「…もう少し様子を見てみる?三郎の様子は見ておきながらさ。」
「……そうするか。」
「そうだな。」
頷きあって三人が席を立つ。そしてそれぞれ何か考えるような顔のまま、食堂を後にした。


部屋はすぐに見つかった。
昔から色々な事をしていたおかげで金は持っていたし、放任主義的な親がよこした金もある。合わせれば結構な額だ。それこそ、一人で暮らす部屋を探すのに苦労しないくらいには。
三郎は大きな鞄に必要な物だけ詰めた。
家具や、一部の洋服などは置いて行っても問題ない。教科書やパソコン、それに。
三郎は鞄の一番上に放られた写真を見て目を細めた。
入居したときに雷蔵と二人で撮ったものだ。楽しそうに笑う自分と雷蔵が映っている。
もう、この笑顔を見ることはできないかもしれない。
そう思うとまた目の奥が熱くなるが、三郎は瞬きを何度かしてそれをやり過ごす。
「…行かなきゃ。」
小さく呟く。そうでないと、決心が鈍りそうだ。
「……さよなら。」
誰もいない部屋に、そんな言葉を残して。三郎は静かに部屋の戸を閉めた。


雷蔵は、三郎の笑顔を見るのがなにより好きであった。
彼が本当に嬉しそうに笑うのは雷蔵の前だけだというのは知っていたし、その笑顔を見るために同棲を申し出たのも雷蔵だ。
照れ屋で寂しがり屋で、変わり者だと言われているが本当はとても可愛い人なのだと、雷蔵は知っていた。
三郎が好きだ。
だから同棲を受け入れてもらった時はとても嬉しくて、なにより彼を大切にしようと決めていた。
それなのに。
「…………三郎?」
久々に早くに帰った部屋が、妙に静かだった。
荷物を自分の部屋に置き、三郎の部屋に向かう。その際に先日のようにまた三郎がソファで寝ていないか見たが、そこは空虚な空間があるだけだ。
だが、
「………………?」
綺麗に折りたたまれた紙が、ソファのローテーブルに置かれていた。
それを手に取り何となく開いてみると、中から出てきたのは学生の身分では目にすることのないくらいの現金と、作った覚えの無いクレジットカード。それに。

『今までごめん。さよなら。』

「っ!!!」
息が止まる。
目を見開いて何度もその文字を見るが、それは、間違いなく雷蔵が想いを寄せる彼のもので。
雷蔵は金など放りだして走って三郎の部屋を勢いよく開いた。
「…うそだろっ!?」
家具やクロゼットに変わりはないのに、その部屋の主が居なくなったことは明白だった。
「そんな……三郎………どうして………?」
絶望に顔を青ざめさせながら呟く。ふらりと傾きかける体に足を踏ん張って、雷蔵は部屋に放りだした荷物へ走っていった。
鞄の中から奥底に仕舞われた携帯を取り出すが画面は黒いまま動かない。
「こんな時にっ!」
雷蔵はベッド脇にある充電機に差し込むと、コードの付いたまま電源を入れる。起動するまでの間、いままでどれだけ携帯に触れていなかったかを考えた。こうして充電するのも久しぶりだ。
久しぶりに開いたメールは未読件数が溜まっていて、その多さに雷蔵は再び目を見開いた。
「三郎…。」
『雷蔵が居なくて寂しいぞ!!早く帰ってきてくれよ。』
『雷蔵、今日も遅いのか?体には気をつけろよ?』
『雷蔵、まだ忙しいのか?夕飯作っておくから、食べてくれ。』
『雷蔵、朝ごはんちゃんと食べてるか?最近顔見ないから心配だ。』
『雷蔵、どうしたんだ?最近本当に遅いな。連絡欲しいよ。』
『雷蔵、なぁ、返事をしてくれよ。』
『雷蔵、何か怒ってるのか?謝るから。だから顔を見せてくれ。』
『雷蔵、私と話したくないなら、誰か他の奴に話すのでもいい。ちゃんと連絡をくれ。』
『雷蔵、ごめん。』
『雷蔵、ごめんなさい。謝るから。お願いだから、顔を見せて。声を聞かせて。』
『雷蔵、もう、私と暮らすの嫌なのか?話もしたくないのか?』
『雷蔵、なにか、言ってくれ。』
その、一つ一つに胸が苦しくなる。いったいどれだけの間、自分は三郎を。
友人たちからも、メールは来ていた。
『三郎の様子がおかしい。何か知ってるか?』
『三郎だけど、もうずっと顔色が悪い。おい。返事しろよ。』
そのメールが来たのは三郎の言葉がだんだん悲しさを帯びてきたころだ。
三郎の最後のメールは、あのソファで三郎が眠っていた日だ。
三郎は、待っていたのだろうかあの二人で買ったソファで雷蔵の帰りを。ずっと。
彼は寂しがりで、なによりも、たいせつに…。
「…馬鹿野郎!」
自分を刺し殺してやりたい。雷蔵が浮かれている間、彼がどれだけ寂しかったか、悲しかったか、ちっとも気付かなかった。
自己嫌悪に吐き気がするが、今はそんな場合ではない。
「捜しに行かなきゃ…!」
携帯を充電機から外しポケットにねじ込む。乱暴に靴を履いたその時。


「あーあ…。情けねぇ……。」
三郎は一人、誰もいなくなった公園のベンチで呟いた。
引っ越しはすぐに終わった。もともとの荷物も少ない。引っ越しと言えるかも分からない程だ。
だが、誰もいない部屋が寂しすぎていられなくなってしまった。
はぁ、とため息を吐く。
一人でも大丈夫だと思ったのに。いや、これからは一人で居なくてはいけないのだ。あの部屋にも慣れなければ。
「…大丈夫だよ。」
再び自分に言い聞かせる。雷蔵と出会う前のように。
誤魔化す術は随分小さな時に身につけてしまった。誰にもばれたことなどなかったのに、雷蔵は見破ったのだ。
『無理するなよ。』
そう言って、三郎の手を引いてくれた。傍に、居てくれると。
三郎は首を振ってそれを頭から追い出した。
「大丈夫。大丈夫…。」
目を閉じて何度も呟く。大丈夫になるまで。
「だいじょ「無理するなって言っただろ」
ぱちりと目を開いた。俯いていた目には自分の足しか見えない。だが。今のは。
「…大丈夫だよ。」
「嘘言うな。大丈夫じゃないから、そうやって言ってるんだろ。」
「だから、大丈夫になったんだ。一人でも、大丈夫。だから…、」
「三郎。」
遮る低い声にピクリと体が震える。
それでも、三郎は俯いたまま「だから、戻っていいんだよ。雷蔵。私のことなど、放っておいて。かまわない。」と告げた。
一言言う度に痛む心に蓋をする。それを雷蔵に見せては優しい彼は帰ることができない。だから我慢だ。
それなのに雷蔵はまだずるいことばかり言う。
「三郎。…三郎。僕のことなど、もう嫌いになってしまった?顔も見たくない?」
「雷蔵の事は今でも大好きだよ。だから雷蔵の負担になりたくない。」
「負担?違うよ三郎。僕には君が必要なんだ。」
「私じゃなくても大丈夫だろう?」
「違う。三郎じゃなきゃだめだ。」
おかしいじゃないか。私を疎んでいるのは雷蔵のはずなのに。
「………だって、雷蔵はもう私の顔など見たくもないだろう?だから。もうさよならだ。」
顔を合わせないままにそう言うと、突然肩と背中に衝撃が走った。
「いっ!」
「三郎。顔を見せて。」
「やっ…。」
「三郎。お願いだから。僕を見て。」
真剣な声に、三郎はそっと目を開いた。すると目の前には、何日も見ることのできなかった、雷蔵の優しい顔。
今は悲しそうに歪んでいるのに、三郎は瞬いた。
「…らいぞ。」
「ごめん。三郎ごめんね。寂しかったよね。悲しかったよね。僕が悪かった。だから。さよならなんて言わないで。お願いだから、……帰ってきて?」
「らいぞう……。」
「三郎。君が好きなんだ。傍に居たいんだ。だから、僕と一緒に暮らそう。」
その言葉に三郎が目を見開く。
その言葉は、二人が一緒に暮らすときに、雷蔵が言った言葉だ。
その言葉が、三郎は嬉しくて。
半ば呆然としながら頷いた。
そして今も、あのときと同じように。
雷蔵は泣きそうな顔で三郎の体を思い切り抱きしめた。
「三郎っ!ごめん、ごめんね!!寂しい思いをさせて、悲しい思いをさせて、本当にごめん。」
「雷蔵…。」
三郎はただ言葉も無く、抱きしめる雷蔵の体にしがみつきながらその言葉に頷いた。


「そうだ三郎。」
「ん?」
落ち着いてから二人で暗い道を手を繋いで歩く。帰りにあの荷物を取りに行って、雷蔵はほとんど無理やり三郎の手からそれを奪うとさっさと自分の肩にかけてしまった。
もう逃げたりしないのに。
苦笑しながら雷蔵の分かりやすい行動がうれしくてそのまま持ってもらうことにする。
そんなとき、雷蔵はふと三郎の手を引いたのだ。
「こうなった原因だし、もし見たくも無かったら捨ててしまって構わないけど。」
「?なんの話だ?」
「これ。」
雷蔵はポケットから何かを取り出すと、三郎の手を取った。
男にしては細い指にそっと銀色の輪が嵌められる。
「……これ。」
「勘の友達に調金が出来る人がいてね。このところずっと教わっていたんだ。どうしても今日に間に合わせたくてバタバタになってしまったけど。」
「……今日?」
「僕たちが一緒に暮らして一年だろう?」
三郎は嬉しそうに笑う雷蔵と指輪を何度も見直し、何度も見て、それから顔を真っ赤にさせて俯いた。
「ありがとう…。」という小さな言葉に満足気に頷いて、雷蔵が再び三郎の手を引いて歩きだす。
その手に三郎に嵌められたものと同じ指輪が光っているのが見えて、三郎はますます顔を赤くして俯いた。彼にしては珍しいほどに幸せそうな顔は、しっかり雷蔵に見られていることもも知らず。
そんな三郎がぱっと顔を上げるのに慌てて視線を逸らすが、三郎は「なあ雷蔵。」と可愛らしく雷蔵の手を引っ張った。
「なに?三郎。」
「なんで私があそこにいるってわかったんだ?」
「ああ。それは、勘がね。」
「勘右衛門?」
「そう。僕に調金の友達を紹介したのは彼だし、最近三郎の様子がおかしいからって心配してくれてて。そしたら三郎が大きな荷物持って歩いてるの見たから跡つけたって。電話がきたんだ。」
あっさりと話された真相に、三郎は目をパチクリと瞬かせる。
その顔に苦笑して雷蔵はまた元のように歩きだした。
実は、勘右衛門から場所を教えてもらうまでに竹谷に殴られ兵助に説教され勘右衛門に土下座までさせられたのだが、それは三郎に言う必要のないことだ。というか知られたくない。
雷蔵は再び後ろを付いてくる三郎をちらりと見る。指輪を見つめながら微笑む三郎に雷蔵は心から安堵の息を洩らしながら再び歩き出した。
君がここにいる喜び。
僕のそばで笑っていてくれる喜び。
それが、少しでも伝わっていればいいのだけれど。
雷蔵は指輪の光る手をぎゅっと握って、二人の家への帰り道を辿った。
もう、外れないように。


あとがき
326の日記念フリーss。
テーマ「指定された小道具で三郎に愛を伝えてください。」。雷蔵は「手造り的な何か。」
長っ。雷鉢だけ他のCPの倍長い(汗
ノリノリで書いた結果がこれです(ΘJΘ;)

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