貴方に愛を
尾鉢ver 現パロ
「ん?」
バイトが終わって、夜道を歩く。なんとはなしに一人暮らしの部屋を見上げると、灯りが点いている。
電気を消したのは家を出るときに確認済みだ。まさかこんな貧乏大学生の男の一人暮らしに泥棒でもあるまい。と、なれば。
階段を上って自室の扉を開けると、やはり鍵はかかっていなかった。
「鉢屋?来てんの?」
玄関に揃えられた見慣れた靴。その持ち主はたいして広くない部屋の奥からひょっこり顔を出した。
「勘。お帰り。」
「ただいまー。」
気を許し、合鍵を預ける恋人に勘右衛門はしまりの無い顔で笑った。
三郎もそれに微笑むと、また部屋の奥へ引っ込む。靴を脱ぎ捨て上着を脱ぐと、とてとてと音をさせて三郎がハンガーを持ってきてくれた。
「ありがと。」
「いや。」
交わされる言葉は互いに少ない。でも。
三郎の笑顔で何より幸せが伝わる。
ほんのり暖かい胸の内を感じながら、勘右衛門は受け取ったハンガーに上着を掛ける。それを玄関横にかけて三郎のいる生活スペースに足を向けた。
なんとなく綺麗になっているのは、きっと三郎が掃除してくれていたのだろう。
「ありがとな。」
「ん。」
部屋に入ってすぐ気がついた変化に勘右衛門が再び礼を言うと、三郎は顔をそむけながら頷くだけで応える。
機嫌が悪いわけじゃない。照れているのだ。
その姿がまた可愛らしくて、勘右衛門は三郎隣に座り思い切り抱きしめ頭を撫でてやる。
「よしよし!」
「うわっ、ちょ、やめろよ!」
暴れる三郎をさらに抱きしめながら、ふわふわの髪の感触を楽しむ。至福の時間だ。
しばらく感触を楽しんだ後、その手を止めて、ふと尋ねる。
「そういえば、今日はどうしたの?連絡も無しにうちに来るなんて珍しいよね。」
「…………………。」
「はーちや?」
「……………別に。」
「ふーん…?」
別にって顔じゃないけどな。
素直に言うつもりは無いらしい。
「なぁに?俺の顔でも見たくなった?」
「違う。」
きっぱりと否定する三郎に、ますます勘右衛門の笑みが深まる。
その顔を見て、三郎がぎくりと体をこわばらせた。勘右衛門のこの笑みは、雷蔵のそれと同じだ。
目が、笑っていない。
「素直じゃないなぁ、鉢屋は。」
「いやあの、」
「素直じゃない子には…こうだーーーー!!!」
「うぎゃあ!!」
勘右衛門は抱きしめる腕を三郎の脇に移動して、思い切りそこをくすぐり倒した。
「あは、あはははは!ひっや、あっははははは!!!」
「ほーらほーら!言う気になったかーー!?」
「あははははは!!言う!いうか、らぁ!!」
「ん。よし。」
「はぁ…はぁ…。」
ぐったりと髪と服を乱して、三郎が勘右衛門を睨みつけるが、全然効果は無い。むしろ押し倒したい衝動を堪えて、勘右衛門は「で?」と笑みで持って三郎を促した。
「………勘の。」
「うん。」
「ごはん食べたい。」
きょとん、と勘右衛門の目が瞬く。
「俺の?」
「うん。」
幼子のようにこくりと頷いてから、三郎はそっと勘右衛門の顔を覗き見る。その顔が、怒られる前の子供のような不安気な顔で、勘右衛門はふっと微笑んで先ほどと違う優しい手つきで三郎の頭を撫でた。
「いいよ。何食べたい?」
その言葉にぱぁっと三郎の顔が明るくなる。見ている方の心が暖かくなるような笑顔だ。それに勘右衛門はますます笑みを深めて、再び思い切り三郎を抱きしめた。
今度は暴れることなく甘えるように頭を肩口に擦り付ける三郎に、うっかり理性が焼き切れそうになる。しかしそこはたった今した約束の為に堪え、その頭を撫でただけで体を離した。
体を離しても、三郎は嬉しそうに目元を染めたままだ。
「勘右衛門の作るものなら、なんでも。全部好き。」
「そう?」
三郎かわいい!!ほんっとかわいい!!
思わず心中で叫んでから、ニヤける顔を誤魔化すように三郎に背を向けてソファにかけてあるエプロンを手に取り、冷蔵庫にあるものを浮かべながら台所へ向かう。
しかしその背を、三郎は小さな声で呼びとめた。
「勘。」
「ん?」
「ごめんな。バイト終わって、疲れてるのに。」
「大丈夫だよ。その為に片づけして待っててくれたんだろ?」
「でも……。」
「俺は、帰ったら三郎が家に居て、こうしておねだりしてくれる方が嬉しい。だから気にしないでよ。ね?」
「勘……。」
「ちょっと待っててね。すぐ作るから。」
せっかくの三郎からのリクエストなのだから、本当はもっと気合を入れたいが。もうこんな時間では三郎もお腹を空かせているだろう。
勘右衛門は時間を優先させることを念頭に冷蔵庫を開けた。
「うーん…。」
がちゃがちゃと中を漁ると、なんとか一食分出来そうな材料がある。
「よし!」
必要な材料を取り、並べる。それから鍋に水を張ってコンロにスイッチを入れた。
テキパキと手を動かしながら、勘右衛門の顔は笑みを浮かべたままだ。
三郎が、勘右衛門の料理を食べたいと言ってくれるのがこんなに嬉しいとは。
三郎の舌が肥えているのは仲間内では知られた話で、ファーストフードなどには究極行かないしファミレスの食事なども嫌いだ。それくらいなら自分で作ると、その辺のレストランよりよほどおいしい食事を作ることができる。
その、三郎が勘右衛門の料理を食べたいと言ってくれたのだ。
勘右衛門も料理をするのは好きだから、良く三郎と二人で料理談義などして他の三人を戸惑いの嵐に迷わせたこともある。お互いに新作を作っては食べさせ合ったりすることもあった。
だが、今日は三郎は自分で作ることもせず、ただ勘右衛門を待っていたのだ。
「うへへへ…。」
「なに笑ってんだよ。気持ち悪いぞ。」
「なんでもなーいよー。」
嬉しい。
嬉しくてたまらない。
鼻歌でも歌いそうな気分で、勘右衛門は湯の沸いた鍋を隣のコンロに移動させフライパンを取りだした。軽く温める間にパスタを鍋に入れる。
それからフライパンに今切ったベーコンを入れ、火を通してから今度はキノコと茄子を放り込んだ。
油と水分の混じった派手な音をさせながらそれらに十分に火が通ったことを確認すると、今度はホイールトマトを片手で潰しながら加え、さらにトマトピューレも入れる。
味付けをしながら全体的に混ざり合ったところで、丁度よくパスタが茹であがった。
勘右衛門はフライパンの火を一度止め、鍋を湯切りにかける。軽くパスタの水を切ると、先ほどのフライパンの中に全て入れた。
再び火を付けパスタに具が絡まるように炒める。
「うし!」
棚の中からパスタ用の皿を取りだし今完成したパスタを盛りつける。
冷蔵庫から粉チーズとタバスコを取り、勘右衛門は三郎の待つテーブルへ向かった。
「お待たせ〜〜。勘ちゃん特製『キノコと茄子とベーコンのトマトパスタ』でーす。」
「まんまだな。」
「分かりやすくていいっしょ?」
召し上がれ〜と三郎の前に皿を置くと同時、「いただきます!」と三郎はフォークを手に取って食べ始めた。
その勢いに勘右衛門の目が丸くなる。
「…そんなにお腹空いてたの?」
「空いてた。」
「そっか…。」
やはり出来るだけ早めに作って正解だったらしい。ものすごい勢いで食べ進める三郎をじっと見つめる。
「おいし?」
「うん。」
「そっかぁ。」
「これ、味付け塩コショウだけか?違うよな?」
「さすが。ちょっと味を濃くするのにソース入れてみました。」
「ああそっか。美味いな。」
「どうも。」
あー、幸せ。
おいしそうに勘右衛門の作った食事を食べる三郎が、とてもかわいい。幸せだ。
「三郎が俺の料理を食べたくなるなんて光栄だよ。」
もうそろそろ食べ終わりそうだ。あっというまに皿が空になる様は見ていて気持ちがいい。
「勘のご飯はおいしいからな。他の店とか、私が作るよりおいしい。」
「そう……?」
それは言いすぎじゃないだろうか。しかし、三郎がそう言う心当たりに、ふと悪戯な笑みが浮かんだ。
「それは、あれだよ鉢屋。」
「ん?」
「俺の作るご飯には、鉢屋への愛情がたーっぷり入ってるからさ!」
からりと笑って言ってやれば、三郎は瞬きつつ最後の一口をゴクリと飲み込んでから、
「そっか。」
と頷いた。
「だから勘のご飯はおいしいんだな。」
そしてぺろりと口の周りについたソースを舐め取って笑う。
もっと照れて怒りだすかと思ったのに、そんな素直な反応を返されて勘右衛門は逆に目を白黒させてしまった。
あ。まずい顔が熱くなってきた。
目の前の三郎がニヤニヤ笑う。
「お、お茶用意してくる!」
「よろしく。」
ひらひらと手を振る三郎が憎らしく可愛い。勘右衛門は薬缶で湯を沸かしながら、顔の熱が取れるのをひたすら待った。
あとがき
326の日記念フリーss。
テーマ「指定された小道具で三郎に愛を伝えてください。」。勘ちゃんは「料理」