貴方に愛を
久々鉢ver
体が、だるくて動かない。
「三郎大丈夫?なにか欲しいものある?」
優しい雷蔵の言葉に首を横に振る。
熱で目も霞んでいるが、心配そうな顔をしているのは見なくても分かった。
(情けない…。)
熱で沸いた頭で、三郎はぼんやりと自嘲した。
昨日の任務帰りに雨に当たったことが原因だろう。すぐに湯を浴びたものの、冷え切った体はすでに手遅れだったらしい。
こうして、幼子のように熱が出る始末だ。
三郎のこととなると妙に心配症になる同室の相方は普段の大雑把などかなぐり捨てこまごまと三郎の世話を焼いている。
「…らいぞ。」
「なに?お水欲しい?」
呼べばすぐに返ってくる返事に首を振る。
「じゅぎょう…行って?」
「え。駄目だよ。三郎を放ってなんて」
「だいじょぶ…だから。ね?」
傍らにいる雷蔵を見上げ、精いっぱい微笑む。
雷蔵はしばらく迷っていて、三郎はすぐそばにあった雷蔵の手にそっと己のそれを添えてもう一度「ね?」と促した。
それに、雷蔵は嘆息するとしぶしぶといったように「わかった。」と頷いた。
「辛かったらすぐに僕か保健委員を呼べよ。休み時間になったらまた見に来るけど、そのときにも辛かったらすぐに言うこと。」
「わかった。」
「…帰りに兵助を引っ張ってくるよ。」
最後の言葉にさらに顔を赤くすると、雷蔵は小さく笑って三郎の前髪をそっと撫でた。
「少しは治す気になったかい?」
頷く三郎に、雷蔵は満足気に頷き立ち上がる。
手早く授業の準備をすると、もう一度三郎を振り返りもう一度同じ事を繰り返して出て行った。
ハァ、と三郎は自分の息の音だけが響く部屋で目を閉じた。
静かだ。今日は低学年の実技も無いのかもしれない。外からの音も聞こえない。
朝飲んだ薬は、新野先生のお手製だそうだ。
すぐに良くなるはずだと雷蔵は笑っていたけれど、三郎は首を振った。
あまり、薬は効かない体質なのだ。それが毒薬でも良薬でも。
毒の時は便利だが、こうしているとその体質も憎らしい。
三郎は熱に浮かされながら、いつの間にか意識を手放した。
「三郎…。三郎。」
「もう昼だよ。ご飯、食べられるかい?」
雷蔵の声にうっすらと目を開く。その顔は相変わらず熱でぼやけるが、声は届いたので首を横に振った。
雷蔵は気落ちしたように「そう…。」と横に置いた盆を脇に避けた。
三郎がそっと雷蔵の周囲に目をやると、その意図がわかったのだろう。「兵助?」と雷蔵から聞いてきた。
頷く三郎の手を、雷蔵がそっと握る。
「…ごめん。つかまらなかったんだ。なんだか、学園内に居ないみたいで。」
そう言うからにはきっと雷蔵は学園中を探してくれたのだろう。
それがわかって、三郎はただ気にするな、と首を横に振った。
「ごめんね。」
ぎゅ、と手を握る力が強まる。きっと雷蔵は今すごく情けない顔をしているに違いない。
それが想像出来て三郎はふっと微笑んだ。
「三郎?」
「…気にしなくて、いいから。」
か細くなる自分の声が憎らしい。
「………………。」
雷蔵はしばらく黙ったあと、「もう少し、休みなよ。」と三郎の額を撫ぜた。
その暖かい手に、また三郎の意識がとろりと沈む。
沈む瞬間呟いた言葉は、三郎自身に届く前に消えた。
「三郎。」
再び名前を呼ばれ、三郎の意識が上がる。
「三郎。ハチが苺取ってきてくれたよ。これなら食べられる?」
「いちご…?」
「三郎の好きな場所のが出来てたから、ひとっ走りして取ってきた。なんも食べないと体に悪いぞ。」
力強い声が、雷蔵の背後から聞こえる。声を掛けられてようやく竹谷が部屋に居ることに気がついた。
「ハチ…?」
「おう。大分弱ってんなー。三郎。」
「そうなんだ。薬もあまり効かないらしくて。」
「新野先生のお手製なんだろ?」
「そうなんだけど…。ああ三郎。苺、食べる?」
「……うん。」
腕を立てて体を起こそうとするが、まったく力が入らない。苦心していると竹谷が雷蔵の反対側に回って助け起こしてくれた。
「…ありがと。」
「お。熱があると素直だな。気にすんな。」
「ほら三郎。」
竹谷が背中を支えて、雷蔵が手ずから苺を食べさせてくれる。
…なんだか気恥かしい。
「病人なんだから気にすんな。ほら。もっと食えるか?」
「残しても冷やしておくから。気にしなくていいよ。」
「ん…もういい。」
「うん。もう寝る?」
「ん…。」
頷くと、竹谷がそっと私の体を布団に戻してくれた。
雷蔵がそっと掛け布団を戻してくれる。本当にいたせり尽くせりだ。
「…らいぞう、はち、ありがと…。」
小さく呟いた声は何とか二人に届いたようで、大きな力強い手と優しい手が三郎の頭を撫でたのが分かった。
雷蔵も、竹谷も優しい。
でも三郎の意識はどうしてももう一人を求めてしまって。
そしてまた暗転する。
ふわりと、いい匂いが三郎の鼻孔をくすぐった。
甘くて、すっきりしてて、気持ちがいい。
体の節々の痛みが取れて行くようだ。
すぅ、と息が楽になる。そうするとまたいい香りがして、三郎はさらに深いところへ意識を沈めた。
なんだか満ち足りた気分になって、三郎はそっと目を開く。
「起きたか?」
その時、すぐ隣から聞こえた穏やかな声。
「へ…すけ?」
「遅くなってごめんな。」
そっと髪を指で除ける仕草が気持ちいい。
三郎がうっとりと目を閉じても、その温もりは消えることなく三郎の頬を撫でた。
「これを取りに行っていたら、来るのが随分遅くなってしまった。…ずっと待ってたんだってな。…ごめん。」
ふるりとその言葉に首を振る。その拍子、さまざまな色が三郎の目に飛び込んだ。
「…………………花?」
「うん。」
紫、緑、橙、黄、白。
目に優しい色が三郎のすぐ真横に、花瓶に入れる訳でもなく散らばっている。
それに手を伸ばそうと身じろぎすると、カサリと顔の反対側から軽い音がした。
振りむけば、そこにも色とりどりの花。
「こいつらの香りには、病気を治す作用があるんだって。」
「…………え?」
「三郎、薬あんまり効かないんだって?でもこれなら。」
俺でも三郎の病気を癒す手伝いができるだろ?
そう微笑んで三郎を見下ろす兵助は、どこか得意げだ。
三郎はぽかんとその顔を見上げて、その黒い瞳に映っている自分の顔を見て布団をかぶりなおした。
「三郎?どうした?辛いのか?」
心配そうな言葉に頭を横に振る。
兵助に三郎が言えるはずもない。
嬉しかった。ここまで三郎の事を考えて、昼休みにもいなかったということは授業もサボったに違いない。この優等生が。
それに、ものすごく喜んでいる自分が恥ずかしい。
恥ずかしいけど。
「…へいすけ。」
「うん?」
「…………ありがとう。」
ちらりと目だけ布団から出して、兵助の顔を見る。
兵助は三郎の言葉に大きな目を瞬かせると「どういたしまして。」と嬉しそうに笑った。
次の日。
「全快!!」
「よかったね三郎。」
「雷蔵の看病のおかげだよ!」
「そんなことないよ。新野先生の薬が効いたのかもしれないし。」
「そうそう。俺の苺が効いたのかもしれないし。」
「なんにせよ二人ともありがとな!!」
まだ少し顔色は白いものの、この様子ならすぐにそれも良くなるだろう。二人は胸を撫で下ろした。
そしてそろって食堂に向かう途中、三郎が同じく食堂へ向かう兵助を見つける。
「へーすけー!」
「三郎。もういいのか?」
「ああ。夕べはありがとな。」
いつも通りの調子で笑う三郎に、兵助も微笑む。
その心中は雷蔵たちと同じようで、兵助も三郎と並んで食堂へ向かうことにした。
前に雷蔵と竹谷の背中を見ながら三郎は兵助へと昨日からの疑問を投げかける。
「花の香りが病気に効くなんて私も知らなかった。兵助はどこで知ったんだ?」
「本でな。その時読んでいたのは伝承だったが、根拠があるようだったんで調べたんだ。」
「あぁ、なるほど。それで確証はあったのか?」
「いや半信半疑だったけど。効いただろ?」
「なんだ。そうなのか。」
「ああでも…そうだな。これは思った通りだった。」
「は?」
「花に囲まれてる三郎は、とても綺麗だったよ。」
「……ばーか。」
三郎は血色の悪い顔をわずかに紅潮させて小さく罵倒する。
私より花が似合いそうな顔をしてよく言う。
ああでもそうだな。
「じゃあ兵助が風邪ひいたら、今度は私が花を持って行ってやるよ。」
花に囲まれて眠る兵助はさぞかし美しかろう。
そう思って悪戯っぽく笑えば、意外にも兵助も不敵に笑い、
「ああ。いいなそれ。」
たくさんの花を持った三郎も綺麗だろうから。
病気なんてすぐに吹き飛ぶだろ。
さらりと返された言葉に今度こそ三郎の顔が赤面する。
「っ兵助のばーか!!」
「知ってる。三郎馬鹿だろ。」
「…………っ!」
駄目だこいつ!見直した私が馬鹿だった!!
真っ赤になって反論の言葉も見つからない三郎を、兵助の腕が抱き寄せる。
ほとんど抵抗も無く触れ合った唇は、前にいる二人には見えていない。
それでも盛大に照れた三郎に派手な平手を貰うのはその一瞬後だった。
あとがき
326の日記念フリーss。
テーマ「指定された小道具で三郎に愛を伝えてください。」。兵助は「花」