幸せの起源
1000打アンケートお礼フリー小説(雷鉢)
「君を選んだ私を、褒めてやりたいよ。」
三郎の言葉はいつも唐突だ。
なんの脈絡も無く始まった言葉に、僕は目を白黒させて振り向いた。
引かれた布団に寝そべり、文机に向かう僕をいつもの笑顔で見上げる三郎と眼が合う。悪戯っぽいその目の色に内心で嘆息して三郎へ体を向けると、一層嬉しそうな顔で僕の膝へすり寄ってきた。
猫のようなその様子が微笑ましくて、本物の猫にするように喉を撫でてやる。
どんな形であれ、かまわれたのが嬉しかったのか、三郎がその手に顔を擦り付ける。本当に猫みたいだ。
「…三郎、君は猫かい?」
思ってそのまま口に出すと、「にゃーお。」と蕩けた目をして三郎猫が鳴く。
なんとも大きいがたまらなく愛らしい猫だ。
ふふ、と笑って、再び「にゃおん。」と鳴く三郎の、喉と言わず頭と言わず撫でまわしてやる。
「あは、あはは!雷蔵、くすぐったい!」
「猫はしゃべらないよ三郎。」
「にゃーお!にゃおにゃお!」
「あははは!」
二人で笑いながら転げまわってくすぐり合って、息が乱れたころにようやくお互いの手を止めた。
はぁ、といまだに小さく零れる笑いを含みながらため息を吐く三郎を背後から抱きしめる。
大人しく腕の中に治まる三郎に心を休めて、さてなんだったかと記憶を辿った。そうだ。元はと言えば、三郎が唐突に変なことを言ったのだった。
「で、なんだって君が自分を褒めるんだ?」
「え?」
「さっき言っていたじゃないか。『君を選んだ自分を褒めてやりたい』って。」
「ああ、あれか…ふふふ。」
まだ笑いが治まらないのだろうか?僕一人で置いて行かれているようで、なんだかつまらない。
「三郎?」
拗ねたような声音に自分で少し呆れる。これでは三郎のことを言えないな。
僕の内心を知ってか知らずか、三郎が僕に模した柔らかい髪の頭を僕の肩にぽすりと預けた。
「ねぇ雷蔵。私、今すごく幸せなんだ。」
「?うん。」
微笑む三郎の顔は、その言葉通りとても幸せそうだ。言葉にして聞いたことは無いが、彼の人生は波乱に満ちたものであったのだろう。しかし今は心から安らいでいるようで、それがとても嬉しい。
しかし、それがさっきの言葉につながるのか分からなくて疑問符を浮かべる。
僕の顔を見た三郎が、またふふ、と笑った。
「雷蔵。大好き。」
「…どうしたの突然?…僕も三郎が好きだよ。」
「うん。雷蔵への好きとは違うけど、ハチも兵助も好きだ。後輩たちも先輩たちも先生たちも、私は大好きだ。………雷蔵、妬くところじゃないぞ?妬くなよ?」
「………妬かないよ。」
本当は、少し胸がチクリとしていて、それを見透かしたような三郎の笑顔が気まずくて目を逸らす。
「まったく…雷蔵への好きとは違うって言っただろう?雷蔵は、」
ちう、と僕の頬で小さな音がする。
逸らした顔を勢いよく戻せば、顔を赤くした三郎が悪戯っぽく笑った。
「こういう好きなんだから。」
「…三郎、」
あまりの可愛さに押し倒そうとする体を「まだ話終わってない」と戻される。
不承不承元通りに三郎を抱きしめると、腕の中の恋人は満足そうに居心地のいい場所を探し、治まった。
先ほどより密着した体にたまらない気持ちなりながら「それで?」と先を促す。
「うん。でもな雷蔵。私は思ったんだ。もし、…もし私が雷蔵を選ばなかったら、こんな幸せな気持ちになれなかったんじゃないかって。」
「…どういうこと?」
「えっと、えっとな。雷蔵は善い人間だ。だから、私も君に近づくために、善い人間になろうとした。だから、こうして人が周りにいてくれていると、思うんだ。」
「僕は…。」
僕は、そんな善い人間じゃない。そう言おうとしたけど、「聞いてて。」と腕を叩かれ口を閉じる。三郎は深く考えるような顔をしながらなおも言葉を紡いだ。
「もし、私が君以外を選んでいたら、私は今ほど幸せではないと断言できるよ。
もし、君以外の人間、それも汚い人間を選んでいたかと思うとぞっとすることすらある。たとえハチでも兵助でも、他のどんな人間でも、君以上の人はいないんだ。」
「………。」
「私が君の真似をし始めたのは、1年のときだった。今から思えば、私はかなり見る目があったと思わないか?一生添い遂げられる人を、あんな小さいときに見つけられたんだから。」
なぁ?と僕を見上げようとする三郎の目を、バッと片手で塞いだ。
「へ?らいぞ、」
「ちょ、ちょっと待って、少し待って!」
「あ、う、うん。」
戸惑った声を上げる三郎を見下ろしながら、僕は全身が熱くなっていくのを感じていた。
顔も耳も首も目も熱い。もう見た目にも真っ赤になっているのが自分でも分かる。
きっと三郎は意識してない。自分の思うままに言葉を紡いだだけだ。だからたちが悪い!!
はぁ、深いため息が出る。
「…すごい愛の告白だった………。」
「へ!?え?あ、あいって…。」
やっぱり無自覚だった。
僕は手を外して三郎を正面から抱きしめた。ようやく自分が何を言っていたかを理解したのだろう、三郎の顔も、僕に負けず劣らず赤い。
「あの、ら、らいぞう?」
「もう止まらなくていいよね?っていうか止まんない。あんな口説き文句聞いて何もしないなんて男が廃るよ。」
「く、くどいてなんかっ!」
「ないの?僕が勝手に嬉しがってるだけ?」
「〜〜〜〜っ!」
ちゅ、と唇に小さく口づければ、口の達者な彼も黙ってしまう。
赤い顔という何よりの肯定に、僕は何度も口づけを落とした。
「ねぇ三郎知っていた?」
「な、なにが?」
「僕にとっても、君が最上の人だってこと!」
きょとんとした三郎がその瞬間見せた笑顔は、いままで見たどの顔よりも魅力的なものだった。
あとがき
「もうすぐ1000打アンケート」にて見事一位に輝いた雷鉢でございます。
たくさんの票をいただきありがとうございました!!
この小説はフリーにしたいと思います。報告は任意ですので、お好きにお持ち帰りくださいませ。